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私はオリバーの言いつけ通り、基地で留守番をしていた。
ソルテラ伯爵のメイドということで、兵士たちは私にとても優しく接してくれた。
中には、伯爵邸の護衛になるにはどうしたらいいかと相談してくる者もいた。
(オリバーさま、先ほどの演説で皆の心を掴んでしまわれた。流石だわ)
私は主人の魅力が兵士たちに伝わったことを嬉しく思いつつ、すぐ人気者になれる才能に嫉妬した。
「ソルテラ伯爵は戦場に再び”太陽”を堕とすのだろうか」
「戦争を終わらせるっていうなら、ドカンとやるだろ」
「メヘロディ王国の有名な作家が曲にしたり、演劇を作ったりするくらいだ。さぞ、芸術的なんだろうなあ」
「だが、あそこで戦っている仲間は、皆、生きて帰って来れないんだよな」
「……」
兵士たちはオリバーが三百年前の初代ソルテラ伯爵のように、太陽のような巨大な火球を戦場に堕とすのではないかと噂していた。
その火球は、被害の悲惨さを物語る他に、音楽と演劇の国、メヘロディ王国で当時の有名な音楽科が遺した曲や演劇がつくられた。それらは今でも三百年前の戦争を語るものとして数々の演奏家に弾かれ続けている。
皆が浮かれている中、一人の兵士がぼそっと現実を呟いた。
彼の言葉を皮切りに、浮かれていた雰囲気から一気に重々しいものへと変わる。
「悪い。空気読めなかったな」
「いや、お前が正しいよ」
「ソルテラ伯爵さまの魔法が拝めると浮かれてた。だが、そうだな……、仲間も犠牲になるってことなんだよな」
場の雰囲気を一気に変えてしまったと、その兵士は皆に謝った。
しかし、彼らは誰も怒ったりはしなかった。
(そう、秘術を放ては大勢の人たちが犠牲になる)
前のオリバーはそれを選択した。
唯一、戦争に勝てる手段だと思って。
人を傷つける魔法が苦手で、人を救う魔法を好む、あの優しいオリバーに大量の人間を殺す魔法を使わせてしまったことを、私は今になって悔やむ。
私はきゅっと服を掴み、うつむいた。
(辛いことをさせてしまってごめんなさい。でも、そうしないとあなたは戦死してしまうの)
その選択をしなければ、オリバーはずっと戦死する運命を繰り返す。
私はオリバーに生きてほしい。
私はメイドとしてオリバーと共に屋敷での生活を送りたい。
私はもっと、オリバーの優しさに触れたい。
私は――。
(神様、お願いします! この戦争をカルスーン王国の勝利にしてください!! オリバーさまの戦死する運命を変えてください!!!)
【時戻り】も出来ない私は、この世にいるかも分からない神にオリバーの事を祈った。
祖国のマジル王国ではなく、カルスーン王国の勝利を。
私にはもう祖国への未練はない。
アルスとの幸せな結婚生活を捨て、オリバーのメイドであることを今回の【時戻り】で選んだのだから。
「お、おい! あれ、なんだ?」
私が神に祈った直後、戦場の方角から突如、青白い光が発生していた。
その光、私は何度も見たことがある。
【時戻り】の光だ。
でも、戦場で何故あの光が出ているのだろう。
「まさか、マジルの奴らの仕業か!?」
「あいつら、まだ戦えんのかよ。俺たち、本当に勝てるのか?」
「いえ、マジルの兵器ではないと思います」
「お嬢ちゃん!?」
「あれは……、きっと、ソルテラ伯爵の、オリバーさまの魔法です」
あの光は自然現象ではない。
兵士たちは始め、マジル王国の兵器だと思っていたが、私がそれを否定する。
この光はオリバーが放ったもの。
太陽のような巨大な火球ではない、新たな魔法。
”別の手”というのは、新しい秘術を生み出すということだったのだ。
(オリバーさまらしい魔法だわ)
人を傷つけるのではなく、【時戻り】させる魔法。
きっと、オリバーのことだから、戦場にいる人たちを故郷などへ、戦場へ向かう前へ【時戻り】させたのだろう。
「あれが伯爵さまの魔法!? 結構デカい魔法だとは思うが、あれが終戦に導く魔法だとは思えねえな」
「あんたのご主人さま、本当に戦争を終わらせてくれるんだよな」
「もちろんです。オリバーさまは【太陽の英雄】の子孫ですから」
思ったものと違う魔法を見て、兵士たちは困惑し、心配し始めた。
一人の兵士が私に本当に戦争が終わるのか、と尋ねてきた。
私は胸を張って、堂々と「終わる」と答えた。
「伝令!! 戦場で戦っていた我が軍と敵軍が……、全て消失した!!」
戦況をみていた伝令係の兵士が、馬を走らせ、私たちに一報をもたらした。
オリバーの秘術は、初代ソルテラ伯爵と同じく戦況に大きな影響をもたらす。
☆
少し経ち、兵士が気絶しているオリバーを連れて基地へ戻ってきた。
「エレノア殿、信じがたいとおもいますが、彼は私と同行していたソルテラ伯爵殿です」
「……」
二つの秘術を使ったオリバーは、ふくよかな体型から肖像画に描かれていたほっそりとした体型になっていた。気を失っており、すやすやと寝息をたてている。
身に着けていた服はぶかぶかで、ベルトの穴も同行していた兵士が新たに開けてくれたようだ。
赤ちゃんのようにふっくらとした頬は痩せこけ、しゅっとした顎と首筋、鎖骨が見える。
「魔力を使い果たし、気絶しております。魔力切れを起こしておりましたので、魔力補水液を注入しましたが、それで間に合うかどうか」
「応急処置、ありがとうございます。オリバーさまを寝かせる場所はあるでしょうか」
「救護室をお使いください。仕切りを付けて、個室をつくりますゆえ」
「お気遣いありがとう」
呼吸は落ち着いているものの、常人ではありえない規模の魔法を放ったあとだ。
体内に溜め込んでいた魔力、脂肪はほとんどない。
オリバーだからこの程度で済んでいるが、ソルテラ家ではない人間が同じことを行えば、絶命していただろう。
同行していた兵士が応急処置として、魔力が含まれた液体をすぐにオリバーに注入してくれたからよかったものの、そうでなかったらオリバーの体調は悪くなっていたかもしれない。
オリバーはすぐに救護室へ運ばれ、簡易的な個室のベッドで眠っている。
私は椅子に座り、眠っているオリバーが目覚めるのを待ち続けた。