脚本会議の翌日、奏太は再び大学のゼミ室へ向かった。
ゼミメンバーの中でも厳しいことで知られる喜以が脚本を担当することが決まり、彼の映画制作が本格的に動き出そうとしていた。
「次はキャストとスタッフを決めなきゃな。」
友が横を歩きながら言う。
「そうだな。」
これまでの作品では、ゼミメンバーがキャストやスタッフを兼任することが多かった。
特に映像撮影の技術面では、ある男の存在が必要不可欠だった。
太力(たいりき)。
ゼミ随一の撮影技術を持ち、機材の扱いもプロ顔負けだった。
だが、彼はプライドが高く、他人の成功を素直に喜べない性格でもあった。
特に奏太に対しては、ライバル意識を剥き出しにしていた。
「太力に頼むのか?」
友が不安そうに尋ねた。
「あいつ、最近ゼミ来てねぇぞ。」
「でも、映像のクオリティを考えたら、あいつが必要だ。」
奏太がそう答えた瞬間、ゼミ室のドアが開いた。
そして、長身でがっしりした体格の男が入ってきた。
「……お前、久しぶりじゃねえか。」
鋭い目つきで奏太を見下ろす。
太力が、そこにいた。
太力は腕を組みながら、奏太を睨みつける。
「いきなりゼミに戻ってきて、何を企んでる?」
「企んでるわけじゃない。ただ、映画を作りたいんだ。」
奏太が淡々と答えると、太力は鼻で笑った。
「映画を作る? お前、俺たちを捨てて逃げたくせに?」
その言葉に、ゼミ室の空気が張り詰める。
友が「おい、やめろよ」と制止するが、太力は構わず続けた。
「お前は勝手にいなくなったんだよ。今さら戻ってきて、何がしたいんだ?」
「……俺は、やっぱり映画を作りたくなったんだ。」
奏太は視線を逸らさずに答えた。
「また言い訳か?」
太力の声には、明らかな苛立ちがにじんでいた。
「お前がいない間も、俺たちは必死に映画を作ってた。お前のことなんて考える暇もなかったよ。」
その言葉に、胸がチクリと痛んだ。
奏太は、確かに逃げていた。
病気を理由に、映画を諦めようとした。
でも、もう逃げるつもりはない。
「俺は、本気でやるつもりだ。」
力強く言うと、太力は少し目を細めた。
「……本気?」
太力はゼミ室の隅に置かれたカメラを手に取った。
それは、彼がこだわり抜いて選んだ最新のシネマカメラだった。
「俺はな、ずっと撮影技術を磨いてきた。お前がいなくなってからも、必死で学んだ。」
彼はカメラを構え、レンズを覗く。
「このカメラの性能を、俺以上に引き出せる奴はいない。」
彼の言葉には自信が満ちていた。
「でもな……お前に俺の映像を使いこなせるのか?」
挑発的な視線を向けてくる。
「俺の映像は完璧だ。ピント、ライティング、カメラワーク……どれを取っても、一流の技術を叩き込んできた。」
太力の映像へのプライドは誰よりも強い。
奏太は静かに息を吸った。
「……お前の映像が必要だ。」
素直にそう言った。
「俺は、お前の撮る映像が好きだった。お前と一緒に映画を作りたい。」
太力は一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに口元を歪めた。
「お前、俺に媚びてんのか?」
「違う。ただ、お前の技術が必要なだけだ。」
太力は腕を組み、少し考え込むように視線を落とした。
「……もし、俺が撮影に入るなら、俺のやり方でやるぞ?」
「それでいい。」
奏太の即答に、太力はしばらく黙ったあと、ふっと笑った。
「……おもしれぇ。」
彼はカメラを片手に持ち直し、奏太を見据える。
「いいぜ。俺の映像で、お前の映画を撮ってやるよ。」
その後、ゼミ室でスタッフミーティングが開かれた。
喜以が脚本を担当し、太力が撮影監督。
奏太は監督として、全体の指揮を執ることになった。
「主演はどうする?」
友が尋ねると、奏太は考え込んだ。
映画のテーマは「生きた証」。
ならば、主人公は「余命を宣告された青年」だろう。
「……俺がやる。」
その言葉に、ゼミ室が静まった。
「マジかよ?」
友が驚いた声を上げる。
「俺が、俺自身を演じる。」
奏太は、決意を込めて言った。
「この映画は、俺の人生そのものだ。」
喜以は黙って彼を見つめ、太力は少し笑った。
「面白くなってきたじゃねぇか。」
こうして、奏太たちの映画制作が本格的に動き出した。
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