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自分が他人となにかが違う、と感じたのは、五歳の頃だっただろうか。
――いつしか、周囲が欲する、理想像を求められ、自然に答えることが当たり前になっていた。
ご飯のときにはテレビを見ない。行儀よく座る。癇癪なんか絶対に起こさない。みっともない自分なんか絶対誰にも見せない。
ひとにはやさしく――特に女子には。公平に。平等に。深く深く愛す――。
そして、そんな自分を保つために、おれは、自分のなかに、新しい自分を構築した。――おれのなかに、『ぼく』という、負の感情の掃きだめを。
――あいつが、憎い。
あいつが、うざい。
そんな、忌まわしい感情を、みんなの前で表に出すわけにはいかなかった。
まだ、文字を完璧に書ける年頃でなかったゆえに、ぼくは、頭のなかに、その感情を書き連ねた。呪詛のように。
毎晩、おれは『ぼく』になった。ぼくと向き合う時間を作ることによって、おれは自己を防衛していた。――こんな自分を見せられる相手は、他の誰もいない。――所詮、ぼくの理解者は、ぼくでしかなかったのだ。
ある日の、保育園での出来事。
「りょうくーん。ねえねえ。りょうくんは、みのりとみはる、どっちが好きー?」
「えー。むり。好きすぎて選べないよー」
「そんなこと言わないでー。どっちー」
「みのりちゃんは頭がよくてかわいいし、みはるちゃんははきはきしていてあかるい。みのりちゃんも、みはるちゃんも、いいところがありすぎて……選べない」
――それが、おれの叩き出した結論。
八方美人を気取っていると言われればそれまでの話だが、――おれは、誰も、傷つけたくなかった。仮に、おれがどちらかを褒めて、片方を選べば、選ばれなかった片方が傷つく。それは……望ましくはなかった。
この、おれの、八方美人のスタンスは、変わらずで。そのせいもあってか……いや、そこそこのビジュアルも手伝ってか、昔っからおれは女子人気が高かった。バレンタインなんか知らない女の子からもたくさんチョコを貰えた。毎日すこしずつ食べて、お陰でおれは、その時期はチョコに飽き飽きしていた。虫歯にならないように歯磨きは念入りに行った。いや……して貰った。
やがておれは、周囲の期待に応える行為に快楽を見出すようになり……究極のナルシストだな。喜んで貰うことに喜びを感じる。誰の悪口も言わない。絶対に。
美しすぎる自分を維持することに喜びを感じる、究極のナルシストのお出ましだ。――ひれ伏せ、世界。
小学校に上がる頃に、両親が宝くじを当てて大もうけをしたことも幸い――いや、災いした。
貧乏くさい服を着ていたのが……いや、それもぼくの人気を高めていたことを知ってはいるが……小金持ちとなり。顔に見合った仕立てのいい服を着るようになった。将来の金の心配がなくなり、よくも知らない親戚が一気に増えた。露骨に、率直に、金の無心をするやつなんかも現れた……が、その都度、ぼくは優雅にあしらった。
この頃になると、『ぼく』と『おれ』の境目は曖昧になり……どちらが『ぼく』でどちらが『おれ』なのか、よく分からなくなっていた。究極の偽善者のほうが『おれ』……ではあるが、たまに。ほんのすこしだけれど、ぼくはユーモアに毒を交えるようになった。毒を吐きたいときには、みんなが笑うようなことを言えば、嫌味にならない……そのことを学習した。
そこらへんにいる、普通の男子がするようなやんちゃはしない。感情を剥き出しにもしない。交際した女の子からは、『りょうちゃん、なに考えているのか分からない』……という、意味の分からない理由で振られた。以降、ぼくは態度に気を付けた。そこそこ感情を剥き出しにし、……喜怒哀楽を表に出すようにはした。――が、彼女の前でおいてのみ限定。
みんなの前では、常に、エレガントな三田くん……その称号を、ぼくは、愛した。
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