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榎先輩や鐘撞さんはというと、真帆がそんなことを口にするであろうことをすでに予想していたのだろう(僕も実はわかっていた)、真帆と一緒に、宙に浮かぶ乙守先生を睨みつけていた。
肥田木さんだけが、「えっ! えっ!」と動揺しながら、真帆たちや乙守先生を交互に見やっているのが何だか面白い。
乙守先生はそんな僕たちに対して、一瞬、眉をぴくりと動かしながらも、
「ひどいなぁ、クソババァだなんて。こんなにピチピチのお肌なのに〜」
と、ローブの袖を捲って白くて細い二の腕を露わにし、流し目で僕らを見やりながら撫でて見せた。
それに対して、真帆はニヤリと笑んでから、
「それでもババァはババァですよ。だって、アナタはもう何百年も生きているんですから。どんなに見た目が若くたって、本当に若い私たちからすれば、アナタがおばあちゃんであることに変わりはないんですからね!」
とにかく煽りたい真帆の気持ちがヒシヒシと伝わってくるのはいったい何なんだろうね。
真帆は乙守先生を煽って、いったい何をしようと考えているのだろうか。
戦うなんて言っていたけど、まさか本当に魔法でバトル! なんてことを考えていたりするのだろうか。
そこで僕はもしかして、と思い至る。
たぶん、それは乙守先生も予想済みなのだろう。実際、真帆とやり合うためにわざわざ僕らをこの世界――僕らの住む世界から見れば“あちら側”に連れてきたのではないだろうか。
乙守先生は、最初から真帆が全力で抗ってくるであろうことを理解していたのだ。
「……何を言っているんだか」
と乙守先生はやや低い声で口元に笑みを浮かべて、
「年齢や実際の若さなんてどうでもいいのよ。肉体的に若ければ、それは実際の若さと同義。不老長寿であることに実年齢なんて関係ないの。アナタも夏に、私の肌や水着姿に見惚れる男たちを目にしたはずでしょう? 年齢なんて関係ない。私はババァなんかでは決してないわ」
「いいえ、ババァはババァです。井口先生が全力であの水着から着替えさせたのが何よりの証拠でしょう? アナタが不老長寿であることを知る魔法使いの方達からしてみれば、みんな年相応の振る舞いをしてほしいと願っているに決まっているじゃないですか。いつまでも若いつもりでいて、見苦しいとは思わないんですか〜?」
クスクスと嘲笑する真帆。
そんな真帆と乙守先生のやりとりに、僕は内心思うことがあった。
……これ、なんの会話? ふたりはいったい、なんのやりとりをやってるわけ?
真帆の中の夢魔を乙守会長の中に移動させて封印して、真帆を不老長寿から解放する、みたいな話じゃなかったっけ?
なんでババァとかババァじゃないとか、そんなどうでもいいような話にすり替わってしまったんだ?
気がつけば、榎先輩も鐘撞さんも、そして肥田木さんもどこか呆れたような表情を浮かべつつある。
……話の本質はいったいどこに行ってしまったのやら、だ。
まさか、真帆の目的はここにあるのか?
話を逸らせることによって、真帆の中の夢魔のことを有耶無耶にしようとしている……とか?
乙守先生は、よくよく見れば眉間をピクピクさせながら、怒りを必死に抑えようとしているような雰囲気で、
「……言ってくれるじゃない。でもね、見た目っていうのはそこそこ大事なものなのよ? 誰だって若く、美しくありたいでしょう? アナタもそうなんじゃないの? 本当はその強大な魔力で、いつまでも若くありたいと思っているんでしょう? だから私をわざと怒らせようと挑発している。夢魔のことから意識を遠ざけようとしている、違う?」
「何言ってるんですか〜? だとしたら、乙守さんが私の夢魔を欲しいのだって、もっともっと強い魔力を手に入れて、まだまだ若さを保ち続けたいっていう願望の表れなんじゃないですか〜? 全魔協の決定とか言いながら、本当の目的は自身の不老長寿をより強固なものにするため、ひいては不老長寿どころか不死を手に入れようとか考えてのことなんじゃないですか〜? 私のためとか言いながら、その実、自身のことしか考えてないだけなのでは〜?」
「――黙りなさい!」
その瞬間、乙守先生の怒号とともに、学校の鉄門が僕らの前にドガンッ!と激しい音を立てて落ちてきた。
目の前のアスファルトが激しく砕け散り、辺りに無数のカケラが飛び散っていく。
乙守先生が魔法を用いて、あの巨大な鉄門を、ここまで吹っ飛ばしてきたのである。
悲鳴をあげる僕や榎先輩、鐘撞さんたちとは対照的に、真帆はまったく動じる様子もなく、その肩にホウキを担ぎ、勝ち誇ったような表情で乙守先生を見上げていた。
「いいから大人しくアナタの夢魔をこちらに寄越しなさい。これは私だけじゃない。全魔協の意思そのものよ!」
「その全魔協を作ったのは乙守さんですよね〜? そんな全魔協の意思そのものってことは、乙守先生の意思そのものってことでいいですか〜?」
なおも煽り続ける真帆に、乙守先生は右手を大きく掲げ、巨大な風の渦巻きをその上空に作り上げる。
「……どこまでアナタは私をコケにすれば気が済むのかしら? 悪いけど、アナタの夢魔は絶対に私が貰い受けるわ!」
虹色に強く輝く乙守先生の瞳の色が、漆黒に移ろいゆくのが見て取れる。
そんな乙守先生の姿に、真帆はニヤリと口元を歪めてから、
「ほーら、やっぱりそれが本心なんじゃないですか! ついに本性を現しましたね! この極悪魔女のクソババァ!」
楽しそうに、そう叫んだのだった。