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ドラマの収録を終えて帰り支度を済ませた俺は、楽屋を出て駐車場へと歩み出していた。最後に撮ったシーンの壮絶感と疲労感に頭がぼんやりしている。直ぐに帰って一旦寝よかな、なんて思っていると、背後から突然明るく俺を呼ぶ声と重い衝撃が走る。
「こぉじぃー!」
「んぉっ、…さっくん?」
「佐久間だよー、なんか久しぶり?」
左側の視界の端で光る淡いピンク色。一瞬のことに警戒して身体を強ばらせたが、抱き着いてきたのが恋人と解れば、安堵の溜息と共に肩の力が抜ける。
「…んなことないやろ、」
《昨日もちょっとだけリモート通話したやん。》そう言って止めていた歩みを続ければ、にゃはは、と向日葵のような笑顔を浮かべながら左隣を並んできた…と思えば、不意に彼は俺の左手に指を絡める。
「っちょ…さっくん?」
思わず周囲を見回す。…良かった、誰も居ない。俺の心配をよそに、当の本人は《あっは、やっぱ康二の手デカー!》と繋いだ俺の手を眺めて満足そうに尚も笑顔を浮かべてこちらを見上げてきた。
「ねぇ、この後予定ある?康二んち行っていい?」
「別にええけど…ていうか手ぇ冷たぁ。」
改めて周囲の確認をすると、少しだけ彼に寄り添うように距離を詰め、冷えた彼の右手と一緒に左手をコートのポケットへと入れる。
「およっ?」
「………。」
「えぇ、康二ぃ?」
「…なんやねん。」
少し驚いたようにポケットに目をやり、ニヤニヤしながら再びこちらを見上げるさっくんを一瞥すると、徐々に熱くなる顔を隠すようにマスクの位置を直した。
ポケットの中で、彼の手の力が強まる。
呼応するように且つその手を温めるように、俺はその手をぎゅっと握り返して車の鍵を取り出した。
「っはーー…美味かったぁ…。」
流れで提供してもらった晩御飯を平らげると、先に食べ終わって自分の食器を洗う康二に向かって《ご馳走様でした!》を手を合わせる。
「ほんま?良かった。」
「ご飯までありがとね?」
「おん。」
淡々と食器カゴに皿を置いていく彼の元に行くついでに食器をシンクまで運び、置かれていたスポンジを手に取ると《ええよ、俺やるから。》と掛けられた言葉に構わず手を進め、自分がシンクの真ん中に来るように尻で康二の身体を横へズラした。
彼はそんな俺を2度見すると、小さく溜息を吐いて洗い終わった食器を拭き始めた。
ざぁ、と流水音だけが響く。
「…康二、なんかあった?」
「ん?何で?」
「今日いつもと雰囲気違う。」
楽屋フロアで見つけた時から思っていた。妙に物静かで、抱き着いた時もリアクションは思っていた以上に薄くて。昨日の通話ではいつもの康二だったのに。
彼は《んー…。》と暫く思考を巡らせて、ぽつりとその結論を呟いた。
「ドラマの役がまだ抜けてへんのかも。今日結構印象的なシリアスシーンやったから。」
「そっかぁ、」
洗い流した1枚を軽く振って水気を飛ばし、康二に渡せば、何も言わずに受け取って丁寧に拭いていく。
「他の演者さんの演技も凄かって。気持ちが骨の髄まで入り込んできてんかもな。…今日ばっかりはさっくんが来てくれて、良かったかもしれへん。」
「んっふふ、そう?」
最後の1枚を渡すと、手を拭いてから康二の顔を覗き込んでみた。小さく目を見開いて動きが止まる彼の顔を尚もじーっと見つめると、少々気まずそうに目が泳がせている。
「なん、?」
「俺、いつもの可愛い康二が好き。」
「うん?」
「でも、こういうクールな康二も好き。」
「お、おん…おおきに。」
未だに平静を保ちながらも素直に受け取る彼に愛らしさを感じて、つい間髪入れずに問いかけた。
「ちゅーしていい?」
「おん、──えっ?」
先の流れでつい許可をした康二の回答に甘えて、左手で彼の頭を引き寄せ、直後の困惑の声ごと味わうように遠慮なくその唇を奪った。