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第119話:ライバル法人の出現〜エリート企業の『偽の質感』と、底辺の逆鱗〜
北海道、帯広市。
築三十年のボロアパート、四畳半の聖地。
俺、株式会社インフィニティ・ワン代表取締役・秋谷雪(四十歳)は、キーボードを叩きながら、小さく息を吐き出した。
「よし。今日の分の執筆、完了っと」
あの大バズりしたコラボ配信の勢いのまま書き始めた小説は、少しずつだが文字数を増やしていた。
四畳半の隙間風を感じながら、1行も書けなかった過去の自分と決別するように、泥臭いおっさんの物語を紡ぐ。
相変わらず税金と社会保険料の恐怖はつきまとっているが、それでも、俺の心には確かな「誇り」のようなものが芽生え始めていた。
『にゃーん』
足元で、茶トラ猫のヨモが「お疲れさん」とばかりに鳴いて、俺のジャージの裾に体を擦り付けてくる。
「おう、ヨモ。今日も150円の限界みそラーメンにするか? それとも奮発してツナ缶でも開けるか?」
俺がヨモの頭を撫でて平和な時間を満喫していた、その時だった。
『ルシフェル社長。和んでいるところ申し訳ありませんが、緊急事態です』
ワイヤレスイヤホンから、アシスタントの結愛(ゆあ)の、氷のように冷たく、そして明確な【敵意】を含んだ声が響いた。
「緊急事態? なんだよ、また国税庁から何か届いたのか!?」
俺はビクッと体を震わせた。
『いえ、国家権力ではありません。……資本主義のフィールドにおける、新たな【競合(ライバル)】の出現です』
結愛のタイピング音が、ターンッ! と鋭く響く。
俺のモニターに、一つのYouTubeの配信画面がポップアップで表示された。
「……なんだこれ。VTuberの配信?」
画面に映っていたのは、サラサラの金髪に、少しだけ疲れたようなタレ目をした、超絶イケメンの男性VTuberのアバターだった。
『はい。業界大手の資本が入った、エリート企業系の新規プロジェクトです。……ジェミニさん、この配信のデータ分析結果を』
『ピローン♪』
AIのジェミニ先生が、無機質なテキストを画面に叩き出す。
『該当のVTuberは、デビューからわずか一週間で同接三万人を突破。現在、驚異的なペースでスーパーチャットを獲得し続けています』
「すげえな。やっぱり大手箱の新人ともなると、最初からブーストが違うな。……でも、それが俺と何の関係があるんだ?」
俺が首を傾げると、結愛は深い、深いため息をついた。
『社長。相手の【配信のタイトル】と、【コンセプト】を見てください』
言われて、俺は画面の隅に表示されている配信のタイトルに目をやった。
そこには、こう書かれていた。
191
레몬인
201
そあち♡໒꒱
88
なんたろ
1
【20代フリーター、借金まみれ。今日ももやし炒めで生き延びる配信】
「…………は?」
俺は、目を疑った。
『みんな、ごめんね……。今日もお金なくて、もやし炒めと、カップラーメンしか食べられないんだ……』
画面の中のイケメンVTuberが、悲しそうな顔をして、少し潤んだような綺麗な声で語りかけている。
『でも、みんながこうして会いに来てくれるから……僕、頑張って生きるよ……』
その言葉に対して、チャット欄では「無理しないで!」「私が養ってあげる!」「美味しいもの食べて!」というコメントと共に、数万円単位のスーパーチャットが滝のように流れていた。
「……おい、結愛。これって」
『はい』
結愛の声が、ドス黒い怒りを帯びているのがわかった。
『当社の社長が、あのコラボ配信で叩き出した【共感の換金率】。……つまり、「底辺の惨めさをアピールすれば、同情という名の巨額のスパチャが集まる」というビジネスモデルを、大手の企業が組織的に【パクった】のです』
「なっ……!!」
俺の顔から、一気に血の気が引き、そして次の瞬間、カッと頭に血が上った。
「パ、パクっただと!? 俺の、俺のあの血と涙と黒歴史の結晶を!?」
『ジェミニさんの分析によれば、社長の「40歳・無職・限界みそラーメン」という属性は、女性視聴者層の開拓に弱かった。そこで相手企業は、「20代・借金・フリーター」という、より庇護欲を煽りやすい【若いイケメン】にガワを変え、意図的に「貧困アピール」を行っているものと推測されます』
「ふざけるなあああああ!!」
俺は、三万円のゲーミングチェアから立ち上がり、机をバンッ! と叩いた。
「俺はな! あの時、背後に税務調査官を背負って、重加算税の恐怖に震えながら、ガチで胃に穴を開けそうになりながら過去を告白したんだぞ!!
それを、綺麗事の『設定』としてパクるだと!?」
俺が激怒していると、画面の中のイケメンVTuberが、さらに配信を続けていた。
『あ、今日食べるカップラーメン、これね。……お湯入れるね……』
画面の端に、彼が実際に食べているというカップラーメンの「実写画像」がチラリと映り込んだ。
俺は、その画像を見た瞬間。
四十歳の、そして長年底辺を這いつくばってきた男としての【逆鱗】に触れた。
「……おい」
俺の声は、信じられないくらい低く、ドスが効いていた。
「なんだよ、あれ」
『……社長?』
「結愛、あのカップラーメンの画像を拡大してくれ」
結愛が指示通りに画像を拡大する。
「……これ、コンビニで売ってる、有名ラーメン店監修の、一食500円近くする超高級カップ麺じゃねえか!!」
俺の怒号が、四畳半に轟いた。
「底辺舐めんな!! 本当に金がない奴はな! 500円あったら、スーパーの特売の5袋入りインスタントラーメンを買って、何日も食いつなぐんだよ!!
一食で500円も溶かして『お金がないよぉ』だと!? ふざけるな!!」
俺の脳裏に、スーパーの半額シールの時間を待ち構え、150円の限界みそラーメンで飢えを凌いできた、あの痛切な日々がフラッシュバックする。
「それに、結愛! ジェミニ先生! 音声データを解析してみろ!!」
『ピローン♪』
ジェミニ先生が、即座に波形データを表示した。
『ルシフェル社長。該当の配信の音声データですが、環境ノイズが【完全なゼロ】です』
「だろ!? 部屋が狭いとか言っておきながら、どう考えても完璧な防音スタジオで、数十万はするコンデンサーマイク使って録音してやがる!!」
俺は、怒りでワナワナと震えながら、モニターを睨みつけた。
「帯広の隙間風も! 外を走る軽トラの音も! 隣の部屋の生活音も! 何一つ入ってねえ!!
こんなの……ただの【偽物の質感】だ!!」
俺が帯広の四畳半で、四十年の人生の重みと、社会の底辺の冷たさを全て詰め込んで叩き出した、あの「質感」。
それを、資本力に物を言わせたエリート企業が、表面だけを薄っぺらく真似して、金儲けの道具にしている。
『ルシフェル社長の怒りは、極めて論理的かつ妥当です。彼らのビジネスモデルは、社長が切り拓いたブルーオーシャンを、強力な資本力で制圧しにきた「後追い」です』
ジェミニ先生の冷静な分析が、俺の怒りに油を注ぐ。
『このまま相手の「偽の質感」が市場を席巻すれば、インフィニティ・ワンのブランド価値、ひいては社長の【本物の底辺】としてのアイデンティティが相対的に低下する恐れがあります』
結愛が、冷酷な事実を突きつけた。
「……冗談じゃねえ」
俺は、拳を握りしめ、ボキボキと指の関節を鳴らした。
インボイス制度。
社会保険料。
税務調査。
これまで俺は、国家という理不尽なシステムから逃げ回り、防戦一方で戦ってきた。
だが、今回は違う。
俺が血と汗と涙で築き上げた、このボロアパート四畳半の【質感】を。
俺の人生そのものを、ニセモノに汚されてたまるか。
「結愛、ジェミニ先生。……戦争の準備だ」
俺の言葉に、イヤホンの向こうで、結愛のタイピング音がピタリと止まった。
『……戦争、ですか?』
「ああ。徹底的に叩き潰してやる。エリート企業が作った薄っぺらい『設定』と、俺が四十年間培ってきたガチの『底辺の質感』。……どっちが本物か、ネットの海にいる数十万人のリスナーに分からせてやる」
俺は、三万円のゲーミングチェアに深く腰掛け、不敵な笑みを浮かべた。
「俺たち株式会社インフィニティ・ワンは、ただ税金に怯えるだけの会社じゃない。……やられたら、資本主義のルールに則って、倍返しにする企業だ!!」
『……承知いたしました、ルシフェル社長。当社の持つ全てのアセット(資産)を動員し、迎撃作戦の立案に入ります』
結愛の声にも、いつになく好戦的な響きが混じっていた。
『ピローン♪』
『社長の怒りのパラメータが、限界値を突破しました。勝率予測の再計算を開始します』
ジェミニ先生も、システムをフル稼働させている。
北海道、帯広市。
四畳半のボロアパートから。
1行も書けなかった四十歳のおっさんが、今度は「偽物」を駆逐するため、自ら戦いの狼煙を上げた。
偽りの質感(プラスチック)を、本物の泥で塗り潰すための、壮絶なビジネスバトルの幕が切って落とされたのである。
コメント
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あーこれガチで熱いわ……!“本物の質感”と“偽の質感”の対比が鮮烈すぎた。特に500円の高級カップ麺映して「貧乏アピール」するイケメンVTuberに「底辺なめてんのか!」ってブチギレるシーン、声出して笑ったし痺れた。環境ノイズゼロとか防音スタジオで“貧困”演じるってマジで舐めてるよな。四畳半の隙間風と軽トラの音こそが本物の武器って秋谷さんの矜持、カッコよすぎだわ🔥 資本主義ルールで倍返し宣言からの戦争準備、続きめっちゃ気になる!