テラーノベル
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試合が再開されると、相手のディフェンスラインには五人が並んでいた。奪った一点を守り切るつもりなのだろう。両サイドの二名は一転して攻撃参加をせずに、こちらからのサイド攻撃を警戒している。
逆に俺たちはディフェンスラインの人数を四人から三人に減らし、一人を一列前に配置した。必然的に、中盤からフォワードに至る選手のポジションが前がかりになる。守備よりも、点を取るための攻撃的な布陣だった。
時間が経つにつれ、中盤において数的有利に立つ機会が増えてきた。味方がボールを保持できるようになり、フォワードの俺のところにもボールが渡るようになった。
それでも相手の堅牢なディフェンスを崩すことは難しかった。攻めるこちらも必死ならば、守る相手も全力だ。後半二十分が過ぎる頃には、攻める俺たち、守る相手、という構図ができあがっていた。
「あせるな。丁寧にいくぞ。時間はまだある!」拓真さんが右サイドの選手にボールをはたいた。
右サイドの選手からボールをもらえるスペースをピッチ上で探すも、相手チームの寄せが速い。あっという間にフリースペースが消されていた。
くそっ。ずらりと並ぶ五人の相手ディフェンスの壁が厚い。足が止まりかける。味方の右サイドの選手もドリブルで持ち運ぶことを止め、一度、ボランチの拓真さんにボールを戻した。
どうしたらいい? シュートできるスペースはどこにある? どのスペースを使えばいい?
ボールと相手の動きを見ながら必死に考える。そろそろ後半も三十分になる。残された時間は、十五分と数分のアディショナルタイムだ。
もしも、もしも――瑞奈だったら、どうする……?
そう思ったのは、必然的な成り行きだったのかもしれない。
攻守が拮抗した時は、いつも瑞奈が打開してくれた。
あいつが突破していた……その方法は……フェイントとドリブルだ。あいつのずば抜けた個人技があってこそできていたもの。
駄目だ。
途端に俺は後ろ向きになる。あいつがいたからこそできたのだ。瑞奈がいれば。瑞奈がいないと――。
ボールがタッチラインを割った。俺たちボールのスローイン。近くにいた俺がボールを手にすると、拓真さんが近づいてきた。
普段は、スローインはサイドの選手がボールを投げる。中央でポジションをとる拓真さんが投げることはないはずだった。
拓真さんはボールを受け取ろうと手を伸ばしている。スローインを投げるために、俺からボールをもらおうとしていた味方が、戸惑う仕草を見せた。その間も、拓真さんはボールを寄こせと言わんばかりに手を伸ばしてくる。俺は、ボールを手渡すために拓真さんに近寄った。すると、拓真さんが耳打ちしてきた。
「晴翔、仕掛けろ。ドリブルで仕掛けるんだ」
「俺がですか?」
俺は、クロスに合わせてゴールを決めるタイプのフォワードだ。ドリブル突破は瑞奈が得意としている分野で、とても俺にできるとは思えない。きっとボールを失ってしまう。
「瑞奈と練習を重ねたおまえなら、できるはずだ。思い出せ。瑞奈のフェイントを。相手のかわし方を。まあ、なんだ。失敗しても構わん。やってみろ」
それだけ言うと、拓真さんはふいと俺に背を向け、ピッチの中央の方へと戻って行く。味方が、あれ? という表情をしながら再び俺の方へ手を伸ばした。
拓真さんは、俺に、仕掛けるよう伝えたくて、スローインをするふりをしてそのことを言いに来たのだ。
「どうした? ボール」
俺の手と足が止まっていた。
味方が、俺が手にするボールに触れる。俺はその間も考えていた。いや、迷っていた。俺にできるだろうか? 瑞奈のようなフェイントやドリブルをすることができるだろうか? なあ、瑞奈、俺にできるのだろうか?
その時、瑞奈の声が聞こえた気がした。
きっと空耳だ。瑞奈はここにいないのだから。絶対に瑞奈の声のはずがない。でも、でも……俺には空耳で充分だった。瑞奈なら、絶対にこう言うはずだ。
――ばかもん。まかせろ。
「俺に向かって投げてくれ」
ボールを手にした味方に、俺は頼んでいた。
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