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第6話:指輪屋の午後
「……今日も、開けておくか」
古びたシャッターをガラガラと開ける音が、路地裏にゆっくり響いた。
そこは、手彫り魔法刻印店《ツキノト工房》。
薄暗い照明と、木の香りが残る狭い店内。
壁には使い込まれたインスクライバー(魔法刻印機)が鎮座し、ショーケースには年季の入った各時代のリングサンプルが並ぶ。
その中央に腰かけたのが――
店主・月野サクジ、72歳。
サクジは白髪を後ろで束ね、作業用の深緑のコートを着ていた。
顔は深いしわに覆われ、右目は事故で義眼。だが、左目だけは未だに光を失っていない。
左手には古い鉄の記憶属性リング。
装飾はないが、使い込まれた金属が手になじみ、指と一体化していた。
「誰も来んか……と思ったが、今日は当たりだな」
昼下がり。カラン、とドアベルが鳴った。
入ってきたのは、制服に赤いラインが入った中学生。
小柄で、目だけが妙に強い――少女・アユミ(13)。
「……刻印、お願いしたいんだけど」
無愛想に差し出されたリングは、量販店のシンプルな銀色モデル。
火属性・未刻印。使われた形跡は少なく、どこか距離感がある。
「お前さんのリングか?」
「……ううん。死んだ姉ちゃんの。形見だけど、まだ動くから」
サクジは黙って受け取り、刻印機のスイッチを入れる。
機械が唸りを上げ、リングが小さく震えた。
「模様は?」
「……そのままじゃなくていい。
でも、“姉ちゃんの火”を、わたしが使える形にしてほしい」
サクジはうなずき、手を動かす。
火の紋様の中に、渦巻く風のような副線を加え、中心には小さな三角印――「継承」の意味を持つ、職人の古い記号。
「これで、“お前さんの火”にもなる」
アユミは受け取ると、無言で指にはめた。
すると――小さな、橙色の光が、指先にふわりと灯った。
火は暴れず、ただ静かに灯る。
「……あ。あったかい」
アユミの目が、ほんの少しだけ潤んだ。
「魔法は、継ぐこともできる。
火は絶えるようで、誰かが拾えばまた灯る。
そういうもんだ」
サクジの声には、淡い優しさがにじんでいた。
アユミが帰った後。
刻印作業台を見つめながら、サクジはひとつだけ、新しいリングを作り始めた。
無属性、未設定、空白のリング。
それは――誰のものでもなく、まだ誰の魔法も宿さない、“未来の誰か”のための一本。
「……もうすぐ、閉めるけどな」
午後の陽光の中で、リングが淡く光っていた。