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俺は決めた食べないと。
豚が豚であるためには、食べることが大前提である。
食べない豚など前代未聞である。
勘の鋭いジョージは、その様子に気付くと、俺の周りに米粒を多目に投げてくる。
俺の顔に米粒が当たり、乾いた音をたてる。
思わず『ブヒブヒ』といってしまう。
おい!この野郎と叫んだ。
いきなり自分が言った、高尚なブタから外れてしまう。
俺は思わず舌を噛む。ポタッポタッと床に血が流れる。その時、ジョージと入れ替わりに入って来る、トニーが目の端に移った。
俺は体全体を床に擦り付けて、血を消そうとした。ザッザサザザザザッと、必要最低限の動きで消そうとする。しかし、音と言うのは、自らの意思に関わらず人、豚問わずに届く。
無論それはトニーも例外ではない。
彼はもともと短気で怒りやすい。
しかし、彼の瞳に映ったのは怒りではなく恐怖であった。
俺には当然自分の姿は見えないが、トニーには見える。大量の血を体中にまといながら、横に縦に体を床に擦り付けている、真っ赤な豚の姿を。ここで恐怖に呑まれなかったのが、ベテランの凄みであろう。
彼は普段汚いと嫌がって、越えてこない柵を、助走もつけずに、己の跳力だけで飛び越えてくる。その勢いのまま俺の腹部、前足、後ろ足、顔と所構わず蹴りあげてくる。
前に蹴りあげられた力の数倍の強さで。その時は分からなかったが、今なら彼の気持ちが分かる。恐怖を衝動で消そうしたのだろう。
俺はその日血だらけになった。舌を噛んだ時も思っている以上に血が出たが、彼の蹴りでは、それを上回る血が出た。靴の先端のとんがり部分を使って、抉るように蹴ってくるので、体の奥深くまで刺さる。bellissimaと言いたくなる、赤い血が流れ出す。
トニーが去った後、俺は小屋に転がっている豚の糞を擦り付けて血を止めた。
俺は痛みに耐えながら、虚無感に支配された。
自分は高尚な豚であるはずなのに、扱いはただの豚以下ではないか。
俺は高尚な豚ではないのではないか、否、今日の晩御飯は己の意思で食べていない。食べないことで、高尚さを示す一点は護られている。
ふっと胸にしこりのような感覚を感じる。
現実的なしこりではない、現実にはないしこりだ。俺は気づいてしまった。食べなかったんじゃない、口が痛くて食べれなかったんだと。
ドンッドンと頭を床に打ち付ける。間断なく打ち付ける。
時間がどれくらい経ったのか、パシッと言う音が自分の耳に届いた。
いつぞやの牝豚が、器用に前足を限界まで伸ばしいるところであった。頬に走る痛みで気づく俺はぶたれたのだと。
俺は何故か泣いていた。目が腫れるまで泣いていた。