テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
黒木が予約した店はホテルの29階、「桃李」。
エレベーターホールから黒い扉へと続くアーチ型の天井は煌びやかなシャンデリアで金色に輝き、瑠璃はその様に気圧された。
然し乍ら店内は全体的に漆黒に僅かな朱色を基調とした落ち着いた雰囲気だった。
(あぁ、緊張した……)
「こちらのお部屋になります」
「え、テーブル席では……」
「こちらキャンセルがございましたので、お客様の第一のご希望とお伺いしておりましたので、いかがなさいますか?」
そこは完全な個室で、透かし彫りの木の衝立が置かれていた。
黒い艶消しのテーブルは全面ガラス張りの窓際に置かれており、黒い革のベンチシートに腰掛けて金沢の夜景を楽しみながら食事をする事が出来る。
「あ、あれ、NHKの電波塔ですね」
「じゃあ、あの左下が会社かな」
「そうですね、まだ電気が点いていますね」
「残業組か」
「ですね」
「まさか私たちに見下ろされているなんて」
クックっと口元に拳を付けて含み笑いをする。
黒木は案外、意地が悪いのかも知れないと瑠璃は思った。
「意地悪ですね」
「もっと羨ましがられる事、しようか」
傾いた唇がそっと瑠璃の唇を啄んだ。
「か、係長」
「失礼します、三種前菜盛り合わせになります」
その声に静かに離れる唇と唇。
「これは?」
「能登ポークの釜焼きチャーシュー、クラゲの前菜、蒸し鶏の冷菜ネギ生姜醤油ソースになります。お飲み物はいかがなさいますか?」
「私は烏龍茶、瑠璃さんは?」
「あ、私も烏龍茶でお願いします」
「かしこまりました」
冷えた烏龍茶がテーブルに置かれ、乾杯で微笑み合う。
白い皿に盛られた前菜の彩りはやや物足りない感じがしたが、次には干し貝柱のフカヒレスープの茶碗蒸し、上海蟹入り小籠包と、次々に瑠璃の贅肉になりそうなメニューが運ばれてきた。
「係長、お酒は飲まなくて良いんですか?」
「だって」
「だって?」
「酔ったら瑠璃さんの……」
「ちょ、やめてください!」
瑠璃は黒木が何を口にするのかを察し、真っ赤になってその左肩を軽く叩いた。
グホッと咽せた彼は白い上質なナフキンで口元を拭いながら笑った。
そして真面目な顔で瑠璃の耳元で囁いた。
「瑠璃さん」
「は、はい」
「係長はやめませんか?」
「へ」
「お店の方が変な顔をしていました」
「係長とお呼びしたら、ですか?」
「その敬語も」
「会社の上司が若い女性社員を連れ込んでいる、そんな感じです」
「え、そ……」
「呼んでみて下さい」
「く、くろ……」
そこで最後のデザートが運ばれて来た。
杏仁豆腐に季節のフルーツが一口サイズにカットされて彩り良くトッピングされている。その隣は桃饅頭。
黒木はもう一杯ずつ烏龍茶をオーダーした。
「瑠璃さん」
「はい、な、なんで……無理です!」
「そのうち、黒木でも洋平でも何でも良いので、係長から卒業して下さい」
「は、はい」
「社内では洋ちゃんと呼ぶ社員もいるみたいですよ」
「そ、それはハードルが高すぎます!」
黒木は一度してみたかったのだと薄い唇を開いた。
瑠璃は恐る恐る白い杏仁豆腐をその口元に運んだが、銀のデザートスプーンから白い固体はベシャリと黒い革のソファーに落ちてしまった。
「あーあ」
「ご、ごめんなさい」
「では、これが罰です」
黒木はもう一度、瑠璃の唇を啄んだ。
174
109