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「……初めまして。直樹さんの部下の、莉奈です」
都内の高級ホテルのラウンジ。
現れた莉奈は、驚くほど若く、そして隙のない美しさを持っていた。
私のボロいバッグや、数年前の型遅れのコートを
彼女は一瞬でスキャンして「勝ち」を確信したような、傲慢な笑みを浮かべる。
「急に呼び出してすみません。でも、奥様があんなに怯えていらしたから、放っておけなくて」
莉奈は注文した1,800円の紅茶に優雅にミルクを注ぐ。
私が今日一日、家族三人分の食費としてやりくりしている金額が、彼女の一杯の飲み物に消えていく。
「……すみません、莉奈さん。主人が、箱根の件でご迷惑をおかけしたみたいで。私が……無理を言って付いていってしまったから」
私はあえて、縮こまった姿勢で、震える手でカップを握った。
何も知らない、無能で従順な妻
莉奈が最も見下しやすく、かつ油断しやすいキャラクターを演じきる。
「本当に、直樹さんって大変ですよね。家ではそんなに奥様に気を遣ってらっしゃるなんて」
「会社では、もっと……なんていうか、自由に、エネルギッシュに振る舞ってらっしゃいますよ?」
莉奈の言葉の端々に、私への刺がある。
『私はあなたの知らない直樹を知っている』という優越感。
彼女はテーブルの上にわざとらしくスマホを置き、通知画面を見せた。
そこには、直樹からの最新のメッセージ。
『今夜、いつもの場所で。早くお前に会って癒やされたい』
「あら、ごめんなさい。仕事の連絡が……直樹さん、私を頼りにしてくださっていて、夜遅くまで相談に乗ることが多いんです」
「……そうなのですね。本当に、頼もしい部下を持って、主人は幸せ者ですわ」
私は俯きながら、バッグの中に忍ばせたスマホの録音ボタンが正常に作動していることを確認する。
そして、会話の核心へ切り込んだ。
「でも、莉奈さん。箱根の旅館……あそこ、主人の給料じゃ到底泊まれないような場所ですよね」
「主人は『会社が全部出してくれるから大丈夫だ』って言っていたけれど、本当かしら?」
莉奈はクスクスと、隠しきれない嘲笑を漏らした。
「奥様、本当にお世辞にも世間慣れしてらっしゃらないのね。……いいですか? 直樹さんは特別なんです。会社のお金なんて、賢く使えばいくらでも自由にできるんですよ」
「……自由に?」
「ええ。今回だって、直樹さんは……」
莉奈は身を乗り出し、私に教え諭すような口調で続けた。
「『妻を連れて行った』っていう体裁を整えれば、全部経費で落ちるんです。直樹さんはそうやって、私との時間……あ、いえ、お仕事の時間を大切にしてくださってるんです」
「奥様がこうしてアリバイ作りを手伝ってくださるなら、会社も文句は言えませんしね」
決定的だ。
直樹が経費を私的流用していること、そして不倫相手である彼女もそれを認識し、利用していること。
彼女の口から、最良の「自白」を引き出した。
「……そうですか。私、主人の力になれているんですね。良かった……」
私は弱々しく微笑み、席を立った。
「莉奈さん、お話できて良かったです。主人のこと、これからもよろしくお願いしますね」
「ええ、もちろん。奥様も、あまり家計簿ばかり気にせず、もう少し……ご自分に投資されたらどうですか? 直樹さんも、あまりに地味な奥様だと、外で目移りしちゃうかもしれませんよ?」
「…ええ、ありがとう、莉奈さん」
莉奈の背中に向けて、私は心の中で静かに告げる。
(あなたのその『マウント』が、直樹を奈落の底に突き落とす最後のひと押しになるわ)
ラウンジを出た瞬間、私は背筋を伸ばし、顔から「怯え」を消し去った。
スマホの録音データを保存し、WEBデザインのクライアントにチャットを送る。
『修正案、今夜中にアップします。このまま進めてください』
自立のための30万円。
そして、夫を破滅させるための証拠。
両方の準備が、急速に整いつつある。
【残り91日】
猫塚ルイ

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