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無線が、途切れ途切れに鳴っていた。「こちら……情報部隊……っ」
返事はない。
走る足音だけが、夜のストリートに響く。
「くそ……!」
情報部隊の隊員は、振り返らずに走っていた。
もともと武器は持たない。
手にあるのは、無線機とライトだけ。
後ろから、複数の気配。
重い足音と、低い唸り声。
「落ち着け……落ち着け……!」
曲がり角を抜けて、細い通路に飛び込む。
――その先で、足が止まった。
「……行き止まり?」
壁。
高いフェンス。
逃げ場はない。
背後の気配が、急に近づく。
「待て……来るな……!」
声は震えていた。
ライトを振る手も、うまく動かない。
影が、目の前に迫る。
「……助け……」
その瞬間、体が強く引き倒された。
「――っ!」
叫び声は、途中で途切れる。
首元に走る、鈍い衝撃。
「やめ……っ」
必死に抵抗するが、力が入らない。
視界が揺れて、ライトが地面に転がった。
そのとき。
「離れろ!!」
銃声と怒鳴り声が、夜を切り裂いた。
影が弾き飛ばされる。
続けて、複数の足音。
「いたぞ! 情報部隊だ!」
実行部隊の隊員が駆け寄り、ゾンビを押し退ける。
肩を掴まれ、引き起こされた。
「大丈夫か!? しっかりしろ!」
「……あ……」
情報部隊の隊員は、かろうじて笑おうとした。
「……遅いですよ……」
「悪い、無事で――」
言葉が、止まる。
首元。
服の隙間から、赤い痕が見えた。
「……噛まれたのか」
沈黙。
「……すみません」
情報部隊の声は、弱々しかった。
「ちゃんと……情報、集めてたのに……」
「喋るな!」
実行部隊は、強く肩を抱く。
「医療班に――」
「……分かってます」
静かな声。
「自分、もう……」
言葉の途中で、視線が揺れる。
焦点が、合わなくなる。
「……おい?」
呼びかけに、反応が遅れた。
「……ゾンビの……数……」
無意識に、情報を伝えようとする癖。
それが、最後だった。
次の瞬間。
目が、完全に変わる。
「……っ!」
実行部隊が、一歩下がる。
「……くそ……!」
さっきまで守る対象だった仲間が、
今は――違う存在になっていた。
「……撤退だ」
声は、震えていた。
「情報部隊……よくやった」
返事はない。
それでも、実行部隊の隊員は敬礼した。
ゾンビとなった“彼”を、仲間として。
「レグルス・プライド、前進」
背を向けるその瞬間まで、
誰も振り返らなかった。