テラーノベル
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下流の村は、回っていた。
要とつむぎが、山から下りてきたとき、最初に見たのは、水車だった。回っていた。杵が、落ちていた。米が、搗かれていた。
二つ目に見たのは、川だった。
川に、舟が、浮いていた。小さな、木の舟。一艘。二艘。三艘。舟の上に、塩の袋と、紙の束が、積んであった。舟は、川を、下流へ、下っていった。
「……舟?」要は言った。
「ばあさまの舟」つむぎが言った。「去年の冬、聞いた。ばあさまの村は、昔、塩の道だった。塩は、川で運んだ。道じゃなくて」
要は、川を見た。
道は、塞げる。山は、塞げない。そして、川も、塞げない。十人が川沿いの道を塞いでも、川そのものは、流れている。
*
ばあさまは、紙漉きの家の、縁側にいた。要とつむぎを見て、目を細めた。
「……来たか」
「来ました」
「山を、歩いたな」
「歩きました」
「馬鹿だな。わしは、舟で行くつもりだった。春になったら」
ばあさまは、縁側から、川を指した。
「川は、下流に流れる。下流の、もっと下流に、別の村がある。わしの村より、大きい。昔、塩を買ってくれた村だ。大剥離の後、道が、なくなった。だが、川は、なくならん。この冬、舟を、三艘、作った。塩と、紙を、積んだ」
「売りに?」
「売りに。証で」
要は、ばあさまを見た。
「証で? 下流の、もっと下流の村は、証を知らない」
「知らんかった。だから、教えた。十二条を、一枚、持たせた。『四つの村の掟だ。これで、回っとる』と。向こうの村長は、読んだ。読んで、『うちも、入れるか』と言った」
「入れる?」
「市に。五つ目の村として」
ばあさまは、懐から、紙を出した。蝋で封じてあった。知らない印。
「向こうの村長の印だ。合言葉は、まだない。会ったことがないからな。だが、わしの顔は、向こうが知っとる。わしが若い頃、塩を売りに行った。五十年前だ。向こうの村長の、親父が、わしの顔を覚えとった」
要は、何も言えなかった。
道が塞がれた一ヶ月の間に、ばあさまは、川で、五つ目の村を、見つけていた。
*
夜、要は、ばあさまの家で、三冊の台帳を見た。下流の村の三冊。封鎖の前に、写しを二冊、預けていた。その二冊と、封鎖後にばあさまの村が書いた一冊。
三冊は、合っていた。ばあさまの村は、封鎖の間も、自分の台帳を、三人で書いていた。
「四週間分、ずれてない」要は言った。
「ずれとらん。わしの村は、小さい。ずれようがない」
「組合の二百枚は」
「使った。四十枚。猪にやられた家と、舟を作った大工に。残り、百六十枚」
「舟の大工に、組合の蔵から?」
「舟は、村の運の悪さを、減らす。道が塞がれた、という運の悪さを。だから、組合から出した。六条だ」
要は、ばあさまを見た。七十を過ぎた女が、十二条を、要より、正しく使っていた。
「……ばあさま。僕は、何のために、ここに来たんでしょう」
「知らん」ばあさまは言った。「顔を、見に来たんだろう。顔の人を、連れて」
つむぎが、笑った。
「あんたは、わしの村が、どうなっとるか、わからんかった。だから、心配で、山を歩いた。それでいい。心配したから、来た。来たから、顔を見た。顔を見たから、安心した。それだけで、十分だ」
要は、何も言わなかった。
仕組みの話をしに来た。台帳のずれを、確かめに来た。でも、来てみたら、ずれはなく、仕組みは回り、舟が川を下っていた。要がすることは、何もなかった。
顔を見た。それだけだった。
*
翌朝、要とつむぎは、川に出た。
舟が、一艘、岸にあった。ばあさまが、言った。
「乗っていけ。川を下れば、五つ目の村だ。五つ目の村から、山を一つ越えれば、諏訪に出る。諏訪から、木曽に戻れ。道は塞がれとる。だが、川と山は、塞がれとらん」
「舟を、漕いだことがない」
「川が、漕ぐ。お前は、舟に乗っとるだけでいい」
要は、舟に乗った。つむぎも。塩の袋と、紙の束と、十二条の写しが、積んであった。
舟が、岸を離れた。川が、舟を運んだ。
要は、後ろを見た。ばあさまが、縁側に座っていた。手を振らなかった。ただ、見ていた。
「要さん」つむぎが言った。「ばあさま、笑ってた」
「見えなかった」
「私には、見えた。笑ってた。『わしの川だ』って顔で」
要は、前を向いた。川は、下流へ、流れていた。道ではない道を。
五つ目の村が、川の向こうにあった。会ったことのない村長が、十二条を読んで、「入れるか」と言った村が。
要は、ノートを持っていなかった。でも、頭の中で、書いた。
リフェアリー
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『十一、川。道が塞がれても、川は流れる。塞げないものを、見つけよ』
コメント
1件
うーん、今日のエピソード、めっちゃよかった…ってかもう、泣くかと思ったよ…😭💕 ばあさま、マジで強すぎない!? 道塞がれた一ヶ月の間に、川で舟作って、五つ目の村見つけて、しかも「証(あかし)」をちゃんと広めてるの、かっこよすぎるだろ…!! 「顔を見に来た。それだけで十分だ」ってばあさまの言葉に、要くんの全部が報われた気がしたよ。何もできなかったって思うかもしれないけど、心配して山歩いて来たって事実が、もう立派な「仕組み」の一部だったんだね…。 ラストの「塞げないものを、見つけよ——この一文に、全部のエモさが詰まってた。最高でした…!!