この物語はフィクションです。
実在する団体様,人物様とは関係ありません。
心地よい月明かりが窓から差し込むのを睡眠と覚醒の狭間で眺めた。
覚束ない手つきでスマホを手に取ると,時間はもう既に0時を過ぎていた。
また新人賞に応募する機会を逃した。そんな言い訳を並べてもう15年だ。
水を飲みたくて立ち上がると,ふと足元にある気配に気づいた。
「……あぁっ!!まだいらっしゃったんですね!?」
「はは,云ったじゃあないか,君が起きるまでここに居させて貰う,ってね。」
そうだった,寝てスッキリした頭で全部吹っ飛んでいたらしい。この悪霊,まだ居るのか。
台所の小さな電気を付けて,冷蔵庫にあったペットボトルの水をコップに注いだ。水って,流れる音とかって擬音なしで例える方法な何なのだろうか。さらさら,とかジョロジョロ,とか,いやジョロジョロはちょっと表現としては汚すぎるか……。
調べようと思ってふとスマホを開くと,ロック画面にトークアプリの通知が一件入っていた。
“久しぶり,元気にしてる?ちゃんとご飯は食べてる?
次はいつ帰ってくる?”
……嗚呼,めんどくさ。
親には申し訳ないと思っている。高校時代,“作家になりたい”と言った私の夢を否定せずに今でもこうやってニートで生きさせてくれるのは,ありがたいと思っているし,先ほども言った通り申し訳ないと思っている。
シンクにコップを放置して,そのままベッドに入って布団を被った。
現実は怖い。逃げるなと言われても,平等ではない人間の生き方についていける程私のメンタルは鋼ではない。
「……月は,本当に働き者だねえ。人々が寝るために,安心した場所を作る。」
「…………でも,隠れたら人々は見られません。それは存在しないのと一緒です。」
「そうかな。だとしても月の形は変わる。其の度に昨日の月の形が分かる,そして,昨日も月が存在したと分かる。」
流石はしがない作家さんだ。一つのことについて追求する力を持っている。
「夏目漱石って,知ってますか。」
「嗚呼,少しだけなら知っているよ。」
「……彼は英語の“I Love You”を,“月が綺麗ですね”とほんやくしました。どうして漱石は,貴方を愛しているの意味を“月”に例えたのでしょうか。」
布団から顔を出して呟くと,月明かりで少しだけ見える幽霊は首を傾げた。
言葉足らずだったか,と反省し,「その,」と続ける。
「女性の事を,“太陽のように眩しい人”と例えるのは現代でも流通する言葉です。しかし漱石は太陽の反対,月で女性の愛を伝えた。……それは一体,何故なのでしょう。」
「……答えは人それぞれだと思うけどね,一つだけ私の仮説を教えてあげようか。」
急に幽霊さんは立ち上がってこちらへ来ると,私のスマホを指差した。
「其れを,かめらもーど?にして月に翳してごらんなさい。」
写真を撮れ,と言う事なのだろうか。訳が分からず,言われた通りにカメラモードにして月を写した。けれど案の定,スマホのカメラでは完璧な月の形は映しきれない。
縦,横に長い線が入って,まるでそれはイラストにつけられるキラキラのようだった。
「僕はこの世界を長く彷徨っているから,月を撮る人をよく見るんだ。でもこのすまあとふぉん?のかめらでは完璧に撮れないんだ。でも、プロは綺麗に形を撮れる人がいる。その違いは何か分かるかい?」
「……カメラの性能、お値段、ですか?」
彼を見ながら言うと、優しく頷いた。右側に少しだけ垂れている長めの髪が、弧を描くように美しく揺れた。
「その正解は高価さだ。カメラの性能をより良くしようと考えるとどうしても追加料金が必要になる。私はそれを見て、こう思うよ。」
その瞬間、彼の瞳が虚空を辿った。その揺れた瞳が美しくて、見惚れてしまった。
「高貴な女性は、安い者には似合わない。けれど私なら、貴方を美しく映して差し上げられる。……って考えれば、良くないかい?」
「……確かに、太陽だといい性能のカメラでも撮ると眩しいですもんね。」
「そう。まあ、実際は違うだろうけど、素敵な皮肉だろう?」
「……太陽のように眩しい人よりは下だと言われているようなものですからね。」
そうだねえ、と幽霊さんは楽しそうに笑う。
高貴な女性は、安い者には似合わない。
でも、月に映る幽霊さんも、高貴すぎて安い私には、手が届かない。
続く…………
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!