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篠原愛紀
#独占欲
「私を買い被りすぎよ、王子谷。……私はね、最初から強かったわけじゃない。むしろ、ずっと弱かったのよ」
彼女は静かに、剥き出しの過去を語り始めた。夫の度重なる裏切り、絶望。そしてベランダの手すりに手をかけた夜のこと。我が子の泣き声で我に返り、離婚を決めたこと。
「……今の私はね、そうやって必死に継ぎはぎして作ったものなのよ」
俺は言葉を失った。いつも毅然としている彼女からは想像もできない過去だった。
立ち尽くす俺に、彼女は一歩歩み寄り、俺の目を射抜くように真っ直ぐに見つめた。
「王子谷。あなた、自分の『顔』が嫌いなんでしょう?」
心臓を直に掴まれたような衝撃が走った。
そうだ。俺はあのクソ親父と瓜二つのこの顔が、反吐が出るほど嫌いだった。 無駄に顔がいいから、なあなあで済まされる。そんな自分を軽蔑しながら、同時にそれに甘えている。そんな中途半端な生き方も含めて、ずっと自分が嫌いだった。
「……あなたが店舗担当者と何度も打ち合わせを重ねていたのを、私はずっと見てた。今の成績は、顔で稼いだものじゃない。あなたの『努力』が勝ち取ったものよ」
彼女の指先が、俺の肩にそっと触れた。 その瞬間、長年俺を縛り付けていた鎖が、解けていく気がした。
「……顔じゃなくて。最初から、俺自身を、見てくれてたんすね」
視界が急激に熱くなる。奥歯を必死に噛み締めた。ただの可愛い部下として終わりたくなかった。
最後に、一瞬でもいい。彼女の記憶に残る一人の「男」として、最高に格好よくありたかった。
「……私ね、王子谷のこと、すごく好きよ」
不意の言葉に、どきりとした。けれど、彼女の瞳には俺を受け入れる余地が「一ミリ」もないことも、同時に悟ってしまう。
「だからこそ、幸せになって。誰かの101番目じゃなくて、1番に考えてくれる人と、ね。……あなたはもっと、大切にされるべき人なのよ」
(――あぁ、この人には、一生敵わねえ)
(――もう少し、早く出会えていれば)
そんな考えが、一瞬だけ脳裏をよぎった。 けれど、俺はすぐにその思考を振り払った。今の強く、気高く、美しい雨宮主任がいるのは、彼女の人生の積み重ねなのだ。