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その日の夕方のことだ
書斎で考え事をしていたときのこと
──ガシャーン! パリンッ!
階下の台所から、心臓に悪い派手な破砕音が響き渡った。
「ルナ?!」
椅子を蹴るようにして立ち上がり、俺は一階へと駆け下りた。
キッチンへ飛び込むと、そこには見るも無惨な惨状が広がっていた。
床にはぶちまけられたスープの具材と、粉々に砕け散った陶器の破片。
そして、なぜか台所の床から天井に至るまで、びっしりと薄氷が張り付いている。
その中心で、ルナが「おたま」を武器のように握りしめたまま、泣きそうな顔で立ち尽くしていた。
「……おい、どうした! 怪我はないか?!」
彼女は俺の姿を認めると、情けなそうに眉を下げ
カチコチに凍りついて中身がダイヤモンドのようになった鍋を交互に指差した。
状況を整理する。
どうやら、俺のためにスープを温めようと「魔力」を込めた結果
火力を上げるどころか、髪飾りの制御許容量を瞬間的に突き抜けて「冷却」の魔力が暴走してしまったらしい。
おまけに、具材を切ろうとした調理用ナイフも
彼女の力加減がわからず、持ち手の根元からポッキリと折れていた。
「……あ、う……ぅ……」
声の出ない彼女が、喉を震わせ、必死に謝ろうとしているのが痛いほど伝わってくる。
床に散らばった人参や肉の欠片を見て
彼女は自分の無力さに絶望したのか、その場に力なく蹲ろうとした。
「そんな震えて…大きな音が怖かったのか?俺が目を離してたせいだな」
俺は彼女の横に膝をつき、凍りついた鍋に手をかざした。
火魔法を極微弱に放射し、一瞬にして氷を溶かして元のスープへと戻す。
「失敗は当然だ。ルナ、お前は今まで、誰かを傷つけることや、壊すことしか許されてこなかった」
「命を養うための『火』の使い方も、野菜を慈しむような『加減』も、教わってこなかっただけだ」
俺は彼女の震える右手を、優しく包み込むように握った。
「いいか、ルナ。力ってのは、ただ感情に任せて放出するもんじゃない。こうやって……指先に、繊細な極細の糸を紡ぎ出すように、一点に意識を集中させるんだ」
俺の手の熱が、彼女の冷え切った指先に伝わる。
彼女は驚いたように肩を震わせたが、逃げようとはしなかった。
「俺がお前に教えるのは、ただの破壊魔法じゃない。この世界で生きていくための術だ。料理の作り方も、掃除の仕方も」
「そして──もしお前を狙う敵が現れたなら、それを確実に、かつスマートに殺す術も。全部一つずつ、俺が教えてやる」
俺の掌から魔力を微量に流し込み、彼女の魔力ラインと同調させる。
ゆっくりと、慈しむように鍋を温めていくと、やがて冷たかったスープからふわりと温かい湯気が立ち上がった。
ルナは俺の手の温もりを噛みしめるように、じっと鍋を見つめていた。
その横顔からは、先ほどまでの悲壮感は消え
代わりに新しい何かを学ぼうとする静かな光が宿っている。
「…………ん」
小さく、けれど確かな意思のこもった返事。
俺の最強の「懐刀」を育てるための第一歩は、この失敗だらけの温かいスープから始まった。
その夜──…
ルナが一生懸命に作り直してくれた
少しだけ塩気の足りない、味の薄いスープを俺が最後の一滴まで飲み干すと。
彼女は嬉しそうに、でもまだ笑い方を知らない子供のように
ぎこちなく、けれど精一杯の微笑みを俺に見せてくれた。