何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で。
何で――――ッ!
「ひゅっ……」
喉の奥がなる。息苦しさを覚えた。目の前にいる男を見て、正体が分かって、嬉しいはずなのに、やっと会えたはずなのに、絶望の方が強かった。絶望が増さってしまった。やっと会えた、再会の喜びなんて微塵も感じない。
「い、……な、んで」
「落ち着きなって、エトワール。再開できたのは分かるし、嬉しいのも分かるけどさ、危機感って奴を……」
「嬉しくないッ!」
私は叫んだ。
何で、こんな時にそんなバカみたいな冗談を言えるのか理解できなかった。ラヴァインはラヴァインのままだ。こういう状況を楽しんでいる狂人だと。ああ、でも、目の前の男も、別に殺しを何とも思わない狂人だったことを思い出した。兄弟似ている。それも、いい、置いておいて良い。
ただ、私は目の前にいる男が、かつての輝く満月の瞳を、その瞳に光を宿していなかったのを見て、絶望していた。
何があったのか今すぐ問い詰めたい。でも、その目は、私の言葉なんて届かない目だって、私は知っていた。
かつて向けられた数多の攻略キャラの堕ちた瞳をしていたから。
「えと、わーる」
「ラヴァイン、もう黙って」
「で、も、彼奴、危険だから。近付かない方が良いって。さっきだって、気まぐれだったかもじゃん。そういう作戦だったかもじゃん。俺達を油断させて殺す作戦だったのかもって」
「いい、そんなことどうでもイイ」
ラヴァインが必死に何かを言っていたが、私の耳には左から右に流れるばかりだった。水の中にはいったように、音がぼやけていた。
私はふらふらとアルベドの方に近付いていく。
ああ、本当に意味が分からない。
「エトワールいっちゃ駄目だ!」
ぐいっと、腕を引かれ、私はハッと我に返る。それでも、心の中で淀んだ渦巻いている感情は取り払うことが出来なかった。
「お願い、落ち着いて。エトワール。お願い」
「ラヴァイン……」
必死に言うラヴァインの顔を見て、ようやく頭がスッとしてきた感じがした。感情的になっちゃダメだと、頭の中で誰かが必死にいってくる。それは、だんだんとラヴァインの声になっていって、私は、呼吸を整えた。
本人だって思う。彼の瞳が輝いていなくても、前よりも痩せたかなって思っていても、私達を殺しにかかってきていても。彼だって、彼本人だって直感的に思った。
だからこそ、彼が偽物とか、誰かが化けた存在じゃないッてことくらい分かった。だから、無償に腹が立ったんだ。
「えと……」
「大丈夫。ありがとう、ラヴィ」
「いや、俺は……」
ラヴァインは誉め慣れていないのか、スッと視線を動かした。ポリポリと頬をかいて、「別にたいしたことじゃないし」と呟いていたが、私はそんな彼を見て、可愛いという感情を抱く。でも、この戦場でそんな感情は何の役にも立たなかった。
(……聞きたいことは山ほどあるけど、あっちに私達を殺す意思がなくなれば……)
まだ、ラヴァインだって記憶を取り戻していない。だからこそ、何があったのかとか、多分話が今通じないであろうアルベドとか、この場をどうにか出来るのは私だけだった。1%の確率で、ラヴァインまで記憶を取り戻して敵についたら一対二で私が負ける。
ローブの男が強かったのは攻略キャラだったから、という単純な理由だが、私達の戦い方を知っているという意味でも、彼には勝てなかっただろう。アルベドに勝てるなんて思っていない。でも、顔を見るまで、私は彼だと気付けなかった。彼の気配というか、彼の中に違う魔力が混ざっているようにも感じたから。
洗脳、という言葉が頭をよぎる。
もう、それは本当に最悪だった。でも、そうとしか考えられなくて。
(……アルベドを洗脳できるほどの魔道士がいるって事?それって、ヤバいじゃん)
もしかしなくてもヤバい。だって、アルベドほど隙のない人間に洗脳をかけることが出来る人間ってそんないないんじゃ無いかと。私の知る限りいないし、そもそも、闇魔法しか洗脳という魔法は使えないわけだから、光魔法の魔道士は除外為れる。
では、ヘウンデウン教にそんな魔道士がいるのか。
(……銀髪の女性…………)
嫌な予感がする。頭がまたズキンといたんで、私は、額に手を当てる。知らぬ間に汗が滲んでいて、私は目を細めた。まずは、この状況をどうにかしないといけない話はそれからだ。
「ラヴィ、彼のこと覚えてる?」
「アルベド・レイだよね。俺の兄の」
「うん……でも、何も覚えていない?」
「そーだね、何も思い出せないや。最後にいつ会ったのかとかも覚えていない、かな。それに、何だか嫌な魔力を感じる。強い魔力。さっきの毒を提供した人間とはまた違うんじゃないかな」
「毒を提供?」
ラヴァインがそんなことを初めて口にしたため、どういうことなのだと彼を見れば、彼は、何か考え込むように顎に手を当てていた。彼も、記憶を辿って思い出そうとしているのかも知れない。
「うん。あんな毒簡単に手に入らないというか、そもそもあんな毒は存在しない。調合しないと作り得ない毒だった。いや、調合……と言うよりかは、寧ろあれ自体が魔力そのものというか。でも、兎に角、アルベド・レイの魔力じゃ無いものが二つ感じられる、かな」
と、ラヴァインは少し不安げにいった。
合っているか分からないという感じに笑うので、私は、その笑顔は頭の片隅に追いやって、今アルベドは違う魔力、魔道士に操られていると言うことになるのだろうか。まだ、本気で確認したわけじゃないから、洗脳と言えるかは分からないけど、洗脳じゃない可能性は低い。
私は意を決して彼に声をかける。
会えた喜びと、絶望と、二つが合わさってぐちゃぐちゃになりそうだったけど、何とか堪えて、私はアルベドを見た。
「アルベド」
「……」
「アルベドだよね。大丈夫だった?元気にしてた?凄く心配したの。アンタのことずっと探してた。あんたが何処か行って、それでラヴァインは記憶喪失だって言うし、グランツも目を覚まさなくて。災厄が去ってからも、私は全然気が休まらなかったの。アンタがいないから。アンタはいつも私にいきなり絡んできて、煽ってきて、それがなくて……」
こんなことが言いたいんじゃない。話したいことは一杯あった。でも、一つにまとまることはなかった。ボロボロ零れ出す言葉を自分の手ですくい上げることは出来なかった。アルベドはそれを黙って聞いていた。否、どうでもイイというように私達を見つめているだけだた。濁った瞳で。
「アルベド」
「俺の主人は、お前じゃない」
「え……」
やっと、口を開いたかと思えば、前よりも低くて冷たい声が響いた。私の知っているアルベドじゃないと、身体が震えたと同時に、彼の口から「主人」と出てきた事が意外だった。自由人で、縛られることを嫌っている彼が、誰かにつかえているというのか。そもそも、公爵家の長子で使われる側なんじゃないのかと、彼の言葉が飲み込めずに頭はフリーズする。
それでも、アルベドはコレであっているというように、冷ややかな目を私に向けていた。
「アルベド、アンタは」
「俺の知っている、エトワールはそんなことを言わない」
「待って、話を聞いて」
「俺の主人のエトワールは、そんなこと言わない」
「待って、待って、意味分かんない」
アルベドの口から語られる言葉は、何一つ理解できなかった。
(俺の主人のエトワール? 意味が分からない)
悪い冗談だと思いたかった。嘘だと言って欲しかった。でも、彼の目は確かに本気で、信じて疑っていないというように感じた。何を言っても無駄かも知れない。
「――って、言うのは、嘘。久しぶりだな。エトワール」
「は……」
緊張の糸がぴんと張っていた状態で、ケロッとした顔で、あのいつもの調子に乗った顔で、アルベドは言う。いきなり、彼の顔がコロッとケロッと変わったもので、私は呆気にとられて何も言えなかった。
これまでのが全部演技?
私を騙していた? 面白がっていた?
アルベドならあり得ない話ではないが、それにしても出来すぎた芝居だと、私は彼を殴りたくなった。でも、彼が、私の知っている彼だったとしたら、こんなに喜ばしいことはない。
私はそう思って、アルベドに向かってかけだした。彼は、私に向かって両手を広げている。リースがいたら、浮気だって、まあ、他の人が見てもそう思われるかも知れないけど、浮気じゃない。恋愛感情じゃないから。そんなことを思いながら、走れば、ぐいっと腰を抱かれ、アルベドの頬に赤い線がいった。ぴゅっと音を立てて、鮮血が噴き出す。
「お前誰だよ」
「……ラヴィ?」
「そんなの、俺の兄のアルベド・レイじゃない」
ギラリと銀色に光るナイフをアルベドに向けて、ラヴァインは低く唸るようにそう言った。
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