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「お前誰だって、ひっでぇな。兄の顔も忘れたのか?俺は、どこからどう見てもアルベド・レイだろ。レイ公爵家の令息にして、時期公爵」
「公爵の座は俺が貰う」
「そんな、強欲だったか?ラヴァイン」
「……」
フッと不敵に笑ったアルベドの顔は、よく見たものだったが、冷静になって考えれば、何処か違うような、違和感を覚えずにはいられなかった。ラヴァインの態度から考えて、やはりアルベドは「演技」をしているのではないかと。
「ラヴィ、ちょっと、どういう」
「エトワールじっとしててよ。暴れたら危ない」
「そうじゃなくて」
「彼奴は、洗脳されてる。あってるよ、最初の考えで」
「……そんな」
悲しい? とラヴァインは問いかけてくる。悲しいかと言われれば、悲しいし、辛いし、色んな感情がごちゃ混ぜになって、はっきりは言えないけれど、矢っ張りアルベドは戻ってきていなかったんだと、それだけ、ははっきり分かった。事実だった。
「と言うか、ラヴィ、アンタ記憶……」
「さあ、どうでしょ?あーでも、まだ思い出し途中って感じ。けどさ、兄の顔ぐらいは、あれが、俺の知っているアルベド・レイじゃないって事ぐらいは分かるよ。何年一緒に過ごしてきたと思ってんの」
「……」
「俺をだませるとでも?」
と、ラヴァインは怒りの籠もった目でアルベドを見た。
アルベドは笑みを顔に貼り付けたまま何も言わない。それが肯定であるかのようにも見えて、恐ろしく、私は何も言えなかった。確かに、ラヴァインとアルベド、アルベドと私じゃ一緒に過ごしてきた時間も違うし、兄弟だからこそ分かる何かがあっても可笑しくない。そう思うと、私は何もアルベドの事を知らないんだと思った。
知りたいと思って、でも、知る前に彼は私の前から姿を消した。
(じゃあそうなってくると、矢っ張り洗脳って事だよね。でも、いったい誰が?)
先ほどアルベドが言った言葉を信じて良いものかと思った。誰かが、エトワールに化けて、アルベドをその姿で洗脳して、主人だって思わせているパターンだってあり得る。でも、ラジエルダ王国で目撃された女性のことを考えると、どうも違和感というか、不信感というか、疑いたくなるものがある。それは、絶対あり得ないって言いたいし、同じ人間が二人いるわけ無いと、そう思いたい。
ドッペルゲンガーという言葉も思いついたが、それだったら、私は近いうちに死んじゃうんじゃないかって思ってしまうから。
「アルベド、アンタは本当にアルベドなの?」
「だからそう言ってるだろうが。エトワールまで、俺を疑うのか?」
「そういうわけじゃ……」
「エトワール、今は俺を信じて」
と、ラヴァインは私の身体を先ほどより強く抱きしめた。ギュッと温かい自分よりも大きな身体で包まれたため、身体が過敏に反応する。ドキドキしているのが(まあ、驚いてとか色々意味はあるんだけど)ばれないか心配でたまらなかった。
こういうことによく巻き込まれるから、リースを心配させるんだって、自分でも分かっている。でも、仕方ないじゃないか。そもそも、此の世界は乙女ゲームの世界なんだから。
そんな言い訳を心の中でしたあと、私はもう一度アルベドを見る。
よくよく見れば、彼は話し言葉や仕草こそアルベドだったが、その瞳の色は濁ったままだった。かつて、ラヴァインがそうだったように。
(だとしたら、ラヴァインも誰かに洗脳されていたって事?)
そうなってくると、あり得ない話ではなくなってくるのだ。ラヴァインの性格は、瞳が濁っていた濁っていなかった以前にあまり変わっていないように思えたが、狂気的な部分は薄れているように感じる。あの狂気ましましな感じはもうないし、あれが洗脳されていて、災厄のこともあって感情が増幅させられていたとしたら。
(それは、まず置いておいても良い。ラヴァインが記憶を取り戻した後、話してもらえば良いし)
「私は別に、ラヴァインのいっていることが全てじゃ無いと思う。でも、アンタは私の知っているアルベド・レイじゃ無い気がする。アンタは誰?誰かに操られているの?」
「そうか、エトワールも俺を信じてくれないんだな」
「……だから、アンタは今」
「だったら、演技する必要ないな。エトワールは、二人存在しちゃいけないわけだし、消えて貰わなきゃだなッ」
「エトワールッ!」
飛んできたのはナイフじゃなかった。見えない風の刃。ラヴァインに抱きしめられていたが、その刃は私に向かって飛んできていた。私は、間一髪で光の盾を作って防いだが、威力が想像以上のもので、私とラヴァインは同時に後ろに吹き飛ばされた。彼が庇ってくれたため、私はそこまで強く身体を打ち付けることはなかったが、ラヴァインは大木に鈍い音を立てて打ち付けられていた。
「ラヴァインッ!」
苦痛に顔を歪めているラヴァインを見ていると、このまま放っておくのはいけないと、私は彼に手をかざした。だが、彼は闇魔法の魔道士で、私は光魔法。反発し合って、さらに傷を抉ってしまうのでは無いかと思って、躊躇われた。その間にも、草花をさくさくと踏みしめて、アルベドがこっちに向かってくる。
「アルベド、やめて」
「何でだよ」
「アンタは、アンタは操られてるの。確かに、ラヴァインは、アンタの命狙ったかも知れないし、トラウマ植え付けた相手だって知ってる。でも、アンタの弟でしょ?何でこんな酷いことするの?」
「酷いことねえ。トラウマ植え付けたんだって言うなら、そいつも酷いことしてるっつう事だろ」
と、アルベドはラヴァインを指さした。
トラウマを植え付けた。という言葉に違和感を覚える。普通なら、植え付けられた、とかそういう言葉になるだろうに、何で他人事のように言うのだろうか。どうでもイイから? ううん、違うと思う、そんなのではなくて、もっと根本的に理由が違って。
洗脳されているだけじゃなくて、記憶まで改ざんされているのではないかという説も浮上し始めた。これは、厄介だと。そして、彼のバックにいる魔道士はもっと危険なのだと。
(それが、もう一人のエトワールだったとしたら)
あり得る、辻褄が合う。
私は、グッと拳を握って、アルベドを睨み付けた。こんな睨み、犬に噛まれたようなものだし、全然痛くも痒くもないといった感じで、無慈悲な瞳で私達を見下ろすアルベド。
彼の目的は、私の抹殺だろうか。それとも、ラヴァインへの復讐? 前者であるなら、ラヴァインを痛めつける理由はいらないはずだ。なら、彼を、転移魔法で転移させて私がここに残るのがマストだろう。アルベドに勝てるなんて思っていないけど、隙を突いて逃げることも出来ないだろうけど、浄化魔法が使える聖女だから、彼の洗脳を解けるのでは無いかと思った。やってみないと分からないが。
「えとわ……る、変なこと考えないでね」
「ら、ラヴィ、だいじょう……」
「俺を苦そうって考えてた?」
「……」
そう見えるでしょ、普通は。という言葉はでてこなかったが、それに他勘定で、顔で返せば、ラヴァインはクスリと笑う。かなり鈍い音がしたので、平気ではないはずなのだ。けれど、彼は、何事も無かったようにすくりと立ち上がると私の頭を撫でた。
「図星だったでしょ」
「違うって」
「優しいエトワールのことだから、俺を逃がそうって考えてたんじゃない?でも、エトワール、アルベド・レイに勝てるの?」
「勝てないかも、だけど……それでも、狙いが私なら、アンタを巻き込むわけには」
「俺は、記憶を取り戻したい。だから、戦ってる。もう少しで、思い出せそうな気がするんだ。こう、喉元まで引っかかってるって言うか。ね?だから、俺の事信じて」
信じて、と言われ私は目頭が熱くなったのを感じた。信じてと行ってくるということは、あちらは私のことを信じていると言うことになるから。
けど、記憶を取り戻したら、その後どうなるか。それは不安だった。
だから私は、彼の腕をつかむ。
「約束して」
「ん?何を?」
「記憶を取り戻しても、私の味方でいるって、約束して」
子供が駄々をこねるようだとも思った。でも、本音だった。味方でいて欲しい。彼の事を知るたびに、近くて見るたびに、彼が敵じゃなければ良いのにと思い始めている自分がいたから。だから、記憶を取り戻して敵になってしまう、何て考えたくない。だから、ここで言質をとっておこうと思ったのだ。
ラヴァインは少し悩んだうちに、パッと顔を明るくさせた。
「いいよ。約束してあげる」
「言質とったから」
「はいはい。大丈夫だって、俺はエトワールを裏切らない」
「信用してるから」
昔の彼だったら、その言葉が嘘だって思って信じなかっただろう。でも、今のラヴァインは違う。私はそう思いながら、アルベドの方に向きなおる。彼は、不愉快だと言うように眉を上げる。彼の身体の中に別人がはいっているというわけではなさそうだが、なんとも言えない感覚だ。
本人なのに、洗脳されてて、記憶をねじ曲げられていて。それは、果たしてアルベド・レイというのか。分からない。でも、彼を取り戻せるなら、私は今だけでも彼の敵になろうと思った。
(大丈夫、私なら助けられる)
うちから溢れた光は、まさに聖女が放つ独特の魔力だった。