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「ウチは絶対に世界一の料理人になる!」
幼い頃にそんなことを言ったような気がする。でも実際、今のウチは料理が全くできない。
赤い髪が悠々と燃え盛り、揺れる。ウチの強気と魔法を表す、最強の見た目だ!
「フレア! またこんなに黒焦げにして、誰が片付けるのよ!」
「いいじゃんいいじゃん、失敗も成功のうちって言うしさ」
魔法料理専門学校に入学して一ヶ月、基礎の基礎すらままならない。
「フレアの能力は料理にうってつけの『炎』なのにさ、ここまで下手だともはや意味ないよね」
「ウチだって努力してんの! 焦がすのも三回から二回に減ったし」
「たった一回じゃん。それに座学の時は寝てるし、できないことはすぐ私に押し付けちゃうでしょ?」
このつんつんの銀髪、友人のキリコは注意ばかりしてくる。鬱陶しくて仕方がない。
確かに、周りから見れば少し不真面目かもしれないけど、それでも本気で料理人になりたいと思っている。
「あらあら、またイカスミ料理を作ってらっしゃるのね」
「違うし! ハンバーグだし!」
こいつは学校一のお嬢様、ポップだ。フリフリピンクの服を着た、髪色までピンクの生意気野郎。見た目ばかり気にして、こいつの作ったもんなんて不味くて食えたもんじゃない。
「まあ、それがハンバーグ? 冗談もほどほどにしたほうがよろしいですわよ。ほら見なさい、私の作ったハンバーグを」
逆に何をふりかけたらこんなピンクできらきらしたハンバーグになるんだ。
「うわ、これ本当に料理かよ」
「あら失礼ね! 文句を言うのは食べてからにしてくださいまし?」
案の定、不味い。なんだこれ、塩胡椒の代わりに砂糖でも入れてんのか。
「まっず。こんなん食えるかよ」
「どこまでも言葉使いが汚いのね、あなたは!」
何かとちょっかいかけてくるくせに、ウチより不味いんだから。
「あなたたち! 真面目に授業を受けなさい! あなたたちぐらいですよ、一ヶ月経ってもレシピ通りに作れていないのは」
あーあ、先公の長い説教が始まった。
先公の説教は授業の終わりまで続いた。挙げ句の果てに補習まで追加された。もう最悪。
「で、もうすぐ料理コンテストだけど、フレア大丈夫?」
「んなわけないじゃん! まだ包丁も使えないのに」
「お肉ばっかり焼いて、包丁の練習してないからそうなるんでしょ。てか、あたしの能力で済まそうとするし」
キリコの能力は『刃』。包丁なんかなくても食材が切れる。
「だって、そのほうが楽なんだもーん」
「はあ、料理人になる気があるとは思えないね」
包丁の持ち方は一番最初の授業でやった気がするけど、覚えてないや。
「なれるなれる」
「コンテストで最下位になったら、どうなるか知ってるでしょ?」
「え、なんかあんの?」
「呆れた。この学校辞めさせられちゃうんだよ」
そんなの初耳だ。そんなことになったら、世界一の料理人になんてなれっこない。
「やばいじゃん!」
「だからずっと言ってるじゃん!」
どうしよう、練習しなきゃ。
「あらあら、包丁もまともに使えないなんて、本当に料理人になるおつもりがございますの?」
「うっせえ! あんたにだけは言われたくないね!」
こんな大口を叩いたけど、ポップは包丁使うの上手いんだよな。
「ふん、せっかくアドバイスをして差し上げようと、こちらまでわざわざ足を運んだのに、とんだ無駄足でしたわね!」
そう言って、ポップはかつかつと靴を鳴らしながら、自分の班に戻って行った。
なんだよ。別に他のやつの力なんか借りなくったってできるし。
「あーあ、行っちゃったけど、いいの?」
「いいの! キリコが教えてよ」
「あたしの能力、思い出してみな」
「あ……」
一人で、やるかあ。
放課後の補習時間になった。包丁のテスト、合格するまで帰さないと言われてしまった。
先公のやつ、私が包丁苦手なの知ってるくせに。
「ほら、輪切りをやってみなさい」
「へいへい」
「なんですかこれは、太さも大きさもバラバラで、輪切りとはかけ離れているじゃありませんか。やり直し!」
いいよなあ、キリコは。私もあんな能力が良かった。
そんなことを考えながら、ひたすら輪切りをする羽目になったウチ。もう手が痛い。
「今日はこのぐらいにしておきましょう。合格できなかった分はまた明日です。気をつけて帰りなさい」
外が真っ暗になって、半ば強引に追い出された。本当に身勝手な野郎だ。
翌日、少し包丁が使えるようになったウチを見て、キリコは感心していた。
「だいぶ使えるようになってるじゃん」
「ウチも本気を出せばこんなもんよ」
そんなところにまたポップがやってきた。
「あらあら、包丁が使えるようになって、やっとスタートラインに立ったってとこかしら?」
「もう立ってるつうの!」
「でも切るだけなんて誰にでもできるでしょう? 『焼く』以外のことがあなたにできるのかしら」
こいつの口からは本当に余計なことしか出ないみたいだ。
ウチは歯を食いしばることしかできなかった。だって、『焼く』こと以外、全部苦手だということを自覚しているから。
「まあ、まだ時間あるしさ、フレアはやればできるんだから、頑張りな」
「わかってるつうの……」
キリコに背中を強く叩かれ、ウチはまた料理と向きあう。
道はまだ遠い、だけど、進まなければ辿り着けない。
「これ、なんか苦くね?」
「ばか! それパセリじゃん! 餃子に絶対使わないし!」
「ねぎ見つかんなくてさ、緑ならなんでもいいかなって」
材料や調味料を間違えたりするのも、日常茶飯事だ。
「はあ、こりゃまた補習だね」
「その通りです」
「うわ、先公いつの間に」
気がつくと先公がウチらの後ろに立っていた。
今日もあの地獄の補習をさせられるのか……。
「それはほうれん草、こっちが小松菜です」
「そんなのわかんないし」
「わかるまでやるんです!」
似たような野菜や調味料をひたすら見せられて、わかるわけないだろ。でも、実習ならまだやれる。
「えーっと、青椒肉絲はピーマンを入れてっと……」
「それはパプリカですよ」
「色が違うだけだろ?」
先公は深くため息をつく。そして、黙ってウチの魔法の炎を消した。
「あ! ウチの炎が! 何すんのさ!」
「あなた、本気で料理人になる気があるんですか?」
「あるさ! この魔法を活かせる、凄腕の料理人に……」
その場が沈黙する。音もなく、気まずい時間が流れていく。ウチは初めて、その空気の圧に沈黙させられた。
「魔法が使えるということは、出来ることが増えるということ。しかしあなたは、力を過信しすぎて何かを見失っているようですね」
「それの何が悪いんだよ。使えるもんは使って、何が悪いんだよ!」
「あなたは魔法が使えなければ、料理人を志すことはなかったのですね」
先公は何か諦めたように、ウチに背を向ける。
「何だよ……何か言えよ!」
「いいですか? 『魔法が全てではない』。その意味を理解し、今一度心に刻みなさい。それができるまで、私があなたに教えられることは、何もありません」
ウチは言葉が出なかった。先公の長い黒髪が寂しげに揺れて、ああ、ウチが悪いんだって、なぜか直感したけど、納得は出来なかった。
「先公、ウチは……」
「今日はもう帰りなさい。あなたには、他にやるべきことがあるでしょう」
先公は静かに去っていった。怒っている? いや違う、呆れている、でもなくて、先公の態度を表現する適切な言葉が見つからない。畜生……なんでウチは泣いてるんだ。
ずっと頭に響くのは、『魔法が全てではない』という先公の言葉。ベッドの上で目を閉じて、思い出す。幼い頃に誓った、夢の記憶。
「かーさんのごはん、だいすき!」
父さんはウチが生まれる前に亡くなったけど、母さんは悲しい顔を見せることなく、毎日美味しい料理を作ってくれた。でも、長くは続かなかった。
「かーさん? だいじょうぶ?」
いきなり倒れた母さん。身体がどんどん冷たくなっていく。
「どうしたの? ウチがあたためてあげる……!」
「フレアは、あの人に、似たのねえ」
母さんは魔法が使えなかった。ウチのこの魔法は、父さんから遺伝したものだった。
「ぜんぜんあたたまらないよ……どうしよう……!」
「おばあちゃんに、電話しなさい」
そう言って、母さんは何も話さなくなった。数日後、ウチはばあちゃんの手を握り、黒い服を着て、動かなくなった母さんが燃やされるところを見ていた。
「かーさんのごはん、たべたい」
ウチはばあちゃんに隠れて、料理をするようになった。もう一度、あの味が食べたいと思った。そして、強く思うようになった。
「ウチは絶対に世界一の料理人になる!」
そうだ、魔法なんて、関係なかったんだ。
「フレアが授業聞いてるなんて、珍しいこともあるもんだね」
「ウチ、頑張らないといけないって、気づいたんだ」
キリコは何も言わず、笑顔だけをウチに見せた。授業だけじゃない、ウチにはまだやらないといけないことが山ほどある。
「あなたが真面目だと、私の調子が狂ってしまいますわね」
ポップはなぜか恥ずかしそうに、それだけ言い放ってどこか行ってしまった。
「何だよ、変な奴」
料理コンテストまであと数日。座学と実習の繰り返し。ウチは包丁を使いこなせるようになり、レシピをよく見て作るようになった。
「フレア、成長したじゃん」
「わ、私だって負けてませんわよ!」
いつの間にかキリコとポップとウチで料理を作るようになった。コンテストの課題料理を、何回だって練習した。そして、ついにその日はやってきた。
ウチら三人はこれまでやってきた全てを出し尽くした。順位は、明らかだった。
「頑張ったんだけどなあ、ウチら最下位か」
「私は、後悔してませんわ……!」
「もちろん、あたしもだよ」
もう笑うしかできない。やりきったから、これでいいんだ。
「あなたたち、こちらに来なさい」
あの先公が呼んでいる。きっと退学通知だ。
「これからも応援していますよ」
ウチらは開いた口が塞がらなかった。各々先公に質問攻めをする。
「落ち着きなさい。真面目な生徒を追い出すはずがないでしょう?」
あれから数年経ち、料理人になった今でも、あの時の先公の笑顔を忘れられない。
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