テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
──その夜。
ざわざわ…ざわざわ……
月明かりの下、喧騒がこだまする。
私は温泉工事のため、北の山の温泉前に魔王軍を集めていた。
ゴブリン、オーク、コボルド、リザードマン、巨人……等々。
錚々(そうそう)たる顔ぶれである。
月光に照らされた彼らの姿は、
どこか神秘的でさえあった。
ざわざわ……ざわざわ……
「おほん!」
私は一声かける。
一瞬で静まり返る魔王軍。
月明かりだけが、静かに地面を照らしていた。
「はい。静かになるまで5分かかりました。300秒です」
私は腕を組む。
「スクワット300回な?」
ざわざわ!? ざわざわ!?
どよめく魔王軍。
……
モンスター達がスクワットをしている中、
私は演説を始めた。
「聞きなさい! この世でもっとも邪悪な存在達よ!!!」
私は刀を抜き、月光にかざす。
「これよりお前たちに重要な任務を与えるッ!!!」
刀の刃が鈍く光った。
「これは何よりも優先すべき事となると心得よォッ!!!」
ざわざわッ! ざわざわッ!
魔王軍がざわめく。
期待と不安が入り混じった空気。
「闘争と温泉、どっちも血を洗う!!」
私は刀を振り下ろす。
「温泉は心を裸にする!
裸の心は征服しやすい!
つまり温泉とは、最強の兵器である!」
「「「なるほど……?」」」
魔王軍は理解した気になっている。
実際は誰も理解していない。
「温泉って何ですか?」
ゴブリンが純粋な疑問を投げかける。
「俺、お風呂で歌うの好きなんだ…」
オークが意外な一面を見せる。
「爬虫類だから長湯は苦手です」
リザードマンがリアルな問題を指摘する。
「そして!」
私は勢いよく拳を突き上げた。
「温泉も闘争も両方とも……
終わると腰に手を当ててるでしょ?」
モンスターたちが一斉に首を傾げた。
「……凄くない?」
………………ざわ…?…………ざわ…?
「……なにが?」
ゴブリンが首を傾げる。
「……腰?」
オークが困惑している。
「オホン……!」
私は咳払いをして、体勢を立て直す。
「温泉に入浴……すなわち……
ニューヨークにー! 行きたいかーーー!?」
長めの沈黙。
モンスターたちが互いに目を見合わせる。
微妙な空気が流れる。
遠くから聞こえる教会の鐘。
………ざわ…?………ざわ………?
「……にゅーよーく?」
コボルドが呟く。
「ニューヨークってモンスターいる?」
巨人が真面目に聞いてくる。
「ふむ……聞いたことがある。
確か“うるとらなくいず”とかいう、
知恵者を競わせる古代の儀式だったはずじゃ」
ゴブリンの長老が、もっともらしく呟いた。
ざわ…?………ざわ………?
「おほん!」
私は再び咳払いをする。
沈黙と同時に魔王軍が一斉に直立した。
──私は静かに刀を引き抜いた。
「ふむ。乗り気ではないと……なるほど」
私は刀の峰で肩をトントンと叩く。
「ならば……」
刀の刀身を見つめる。
魔王軍の喉が鳴る音が聞こえた。
──そして、刀を地面に刺した。
「今日は皆さんに、ちょっとだけ殺し合いをしてもらいます」
私は右肩を上げたり下げたりした。
ざわ……!? ざわッ!
ざわッ! ざわーーーッ!!!
魔王軍が大きくざわめく。
「うんうん♪ みんな温泉に入りたいみたいで良かったです♪」
私は満足そうに頷いた。
*
そして──私は両手で股関節をなぞる体操選手のマネをした。
「コマネチ!!」
ざわ……?????
魔王軍が完全に固まった。
「え……」
辰美が呆然としている。
「……コマ?」
リザードマンが困惑している。
「……ネチ?」
ミノタウロスが首を傾げている。
沈黙。
コオロギの鳴き声だけが響く。
「お前らもやれよッ!!」
私は刀を振り回して怒号を放つ。
「コマネチッ!!」
魔王軍が一斉にコマネチをする。
月明かりの下、数百のモンスターが股関節をなぞる様は、
まさに異様な光景だった。
「もっともっとだぁーッ!!」
私は刀を振り回す。
「コマネチッ!!」
「声が小さくなってるぞーッ!!」
「コマネチーッ!!」
「私は今、何を見てるんだ……」
辰美が闇夜に響くコマネチを見つめながら呟いた。
*
その後、私はワイトとサタンに念押しをする。
「いいですか。ワイト、サタン。あなた達が現場監督です」
二人が緊張した顔で頷く。
「村の住人に迷惑をかけない事を最優先で指揮しなさい。
私の世界征服は、“嫌われるやり方”を採用しない。
少しでも人間に迷惑をかけたら後頭部を右ストレートよ?」
「ひ! は! はいーッ!」
サタンとワイト、二人が慌てて返事をする。
「ちなみに私はお前達と戦った時より数倍強くなっています。
具体的に言うと、私のレベルは53万です」
「ど、どうして数字がインフレしてるんですか!?」
二人が同時にツッコむ。
「人生は気合と勢いだよ!!」
私は最高のドヤ顔。
ほほほ。
みなさんホントおバカさん達ですね。
まぁそんなバカは好きだ。
──こうして、温泉工事が始まった。
◇◇◇
──そして約1週間後。
村に温泉という観光名所が出来た。
常闇のダンジョンの温泉はモンスターにも大好評だった。
そう。お風呂が嫌いな生物は居ないのである。
──この村が、世界征服の出発点となる。
「あの鬼の姉ちゃんが作った温泉らしいが……」
「モンスターが夜中にこっそり工事してくれたんだろ?」
「夜中にコマネチって叫び声がしてたの関係ある?」
「案外、良い奴らかもな……」
「混浴らしいぞ(小声)」
村人たちの会話が、少しずつ変わり始めていた。
……そういえば。成果報告がもうひとつ。
「へい! お待ち! 温泉卵一丁!」
「背中流しますぜ! 旦那!」
「風呂上がりの牛乳はいかがっすかー!」
イチロー、ジロー、サブローの三人は、
温泉の番台と雑用係として、めちゃくちゃ馴染んでいた。
「姐さん!これ、俺たちの居場所っす!!」
「転職っす!!」
「幸せっす!!」
「そ、そう……良かったわね……」
冒険者としてのプライドは、湯船に溶けて消えたらしい。
彼らもまた、幸せなのだろう。たぶん。
*
こうやって、少しずつでいい。
“怖い”から“まぁ……悪くない”に変わったら、
あとは温泉でふやかして、はい征服完了。
人ってさ、殴られた相手より、
手を引いてくれた相手の名前の方が、先に思い出すのよ。
……ちなみに混浴が話題だけど。
オークやゴブリンとだよ?
(つづく)
◇◇◇
──【今週のサクラ語録】──
『闘争と温泉、どっちも血を洗うの。
そして両方とも、終わると腰に手を当ててるでしょ?
……凄くない?』
解説:
何が?とは言わせない。意味は後からついてくる。