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──僕は今日、生まれ変わったんだ。
*
(やーい!やーい!本の虫ー!)
(返せ!返してよ!)
(あっははははは!
この本返して欲しかったら、かかって来いよー!)
(それは……お母さんとお姉ちゃんが!
一生懸命働いて僕に買ってくれた!!
大事な……本なんだよ……!返して……返してよ……!)
*
「……うっ、うっ……ひっく、ひっく……」
僕は丘の上で村を見下ろしながら、ひとり泣いていた。
(あなたはとても賢い子。
だから、お母さんたちの代わりに勉強していてね)
(そうそう!
この家のことは、お母さんとこのお姉ちゃんにさ!
まっかせっなさーい!)
二人の優しい声を思い出すたび、涙は止まらなくなった。
「……うっ……うううー……」
(おお、すごいな!こんな難しい本が読めるのか!
さすが俺の息子だ!
……あ、違うな、賢いから俺じゃないか!わははははは!)
僕は、くしゃくしゃにされた髪の感触を思い出して、
頭に手を置いた。
だけど、その温もりはもう、どこにもなかった。
「……お父さん……会いたいよ……ううっ……」
──その時。
「……どうしたの?少年。」
背後から、草を踏む音と共に、低く澄んだ声が届いた。
「ッ!?」
慌てて涙を拭いて振り返ると、そこには鬼の女の人がいた。
黒髪の長い髪が風に揺れ、紅い瞳がこちらをじっと見ている。
最近この村にやって来た、サクラさんだ。
「な、なんでも……ないです……」
僕はうつむいて答えた。
涙の跡が見られないように。
「森の中に入っていく子供がいたからね。
危ないと思ってつけてきたのよ。
……へぇ。こんなに綺麗な場所があったんだ。」
サクラさんも丘からの景色を見下ろし、
肩を並べて立った。
「……あら?本を読めるのね。
まだ小さいのに、すごいじゃない。」
ボロボロになった本に目を留めた彼女は、優しく笑った。
「……本が……好きなんです。」
風になびく黒髪を見ながら、僕はぽつりと呟いた。
「ふーん。いじめられてた……ってとこかな?」
「……」
「で、本の虫ってバカにされた?本を破かれた?」
「……」
「泣いてる顔は嫌い。泣かせたやつを泣かせたくなるから」
「は、はい」
「大事なこと言うよ、いい?──
本は大事だ。
だから縦回転で投げろ。角は武器になる。
靴が片方しかない?じゃあそれは靴じゃない。
武器だ。投げろ。つま先を当てろ。
もう片方を探して投げれば二回攻撃だ。
泣くのは後だ。狙いがブレる。今は当てろ。
その後は全力で走れ。捕まるな。大人の後ろに行け。
止まったか?──涙。」
「!?」
この言葉を聞いた瞬間──
僕の胸の中で何かがカチッと音を立てた。
「……昔、私が心を救われた言葉」
サクラさんはぐいっと僕の顔を覗き込んで、にやりと笑った。
「……え?」
「ムダ様語録よ。世界の理。」
「……ムダ、様……?」
「そう。伝説のプロレスラーよ。
私がここの世界に来る前の神よ。」
「プロレスラー?……ここの……世界?」
「そう。私は転生者なの。
……これでも、前の世界では人間だったのよ。」
少しだけ寂しげに、サクラさんは笑った。
「ええっ!?
す、すごい……!転生者に会ったのは初めてです!」
「ふーん?
その反応からすると……他にも居るかもってこと?」
「転生者って、たまに歴史に出てくるって……
村の言い伝えで……」
「そっか。探してみるのも面白いかもね。」
彼女は、ぽつりと呟くように言った。
「ねぇ、サクラさん……」
「ん?」
「……前の世界の話、もっと聞かせてくれませんか?」
「いいわよ。」
サクラさんはふっと笑って、僕の隣に腰を下ろした。
そして、ほのかに酒の匂いがした。
「酒くさっ……」
「…………。」
こうしてサクラさんは、
前の世界──“日本”という国の話をしてくれた。
プロレスに、お笑いに、漫画に、日本酒──
聞いたこともないものばかりだったけど、
全部が全部、心を掴んで離さなかった。
*
「おっと、そろそろ時間だわ。私、用事があるの。」
「また聞かせてください!
本当にすごかった……!僕、日本に行ってみたいです!」
「ふふっ、いいわよ。
その代わり、あなた……この世界の文字を教えてくれる?」
「はいっ!喜んで!」
「そうだ。まだ名前、聞いてなかったわね。私は……」
「サクラさんですよね!」
紅い瞳を見ながら、僕は笑って言った。
「……まぁ、目立つしね。鬼だし。」
「僕の名前は……ヴィヴィです!」
「……また【ヴ】かよ!?なんなんだこの世界!?
お前の名前はもう、ハカセ!決定。はい次!」
突然怒鳴られて、びっくりしたけど、
どこか優しくて──思わず笑ってしまった。
そう。
──僕は今日、生まれ変わったんだ。
「さて。涙止まったなら、
さっきのムダ様の言葉思い出して。
次は仕返しの番でしょ?」
「……!」
また、僕の胸の中で何かがカチッと音を立てた。
あとメガネが光った。
右のレンズから左のレンズへ、順番に。
「ムダ様の言葉ってのはね……
理屈じゃなくて、魂に刺さるのよ。」
サクラさんはニコッと笑い、立ち上がった。
僕は思わず、くすりと笑った。
まるで、本に出てくる英雄みたいに思えたから──。
──この日、僕は初めて、
「泣かずに前を見る方法」を教わった。
僕の手には、片方だけの靴が残っていた。
(つづく)
◇◇◇
──【今週のムダ様語録】──
『本は大事だ。
だから縦回転で投げろ。角は武器になる。
靴が片方しかない?じゃあそれは靴じゃない。
武器だ。投げろ。つま先を当てろ。
もう片方を探して投げれば二回攻撃だ。
泣くのは後だ。狙いがブレる。今は当てろ。
その後は全力で走れ。捕まるな。大人の後ろに行け。
止まったか?──涙。』
解説:
涙を止めるのに、優しい言葉はいらない。
必要なのは「縦回転」と「つま先」のライフハック。
感情処理は戦闘後でいい。
生き残れば、本も靴も、尊厳も取り戻せる。
生きろ。当てろ。逃げろ。
権力者を利用しろ。
それが優しさの最短距離だ。
止まったか?──涙。
あと、本の縦回転×カドはマジで痛い。
※なお、本を含めた場合は三回攻撃になる。
理解できた者だけが、そこに辿り着く。