テラーノベル
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大学祭が終わったあとのキャンパスは、いつも通りの静けさを取り戻していた。
みことは変わらず、登校するときも授業の合間も一人で過ごすことが多かった。教室の片隅に静かに座り、ノートを取り、誰かと約束することなく学食で昼食を済ませる。そんな日々は、みことにとって特別寂しいものではなかった。けれど――
「ねぇ、学祭でドラム叩いてたよね? あれ、めっちゃかっこよかった!」
「○○の大学祭で見たんだけど、衣装、似合ってた…あれナース服だったよね? すごい衝撃的だったけど、可愛かったよ」
「みことくんって、すちって人と付き合ってるの?」
教室や廊下、学食の列…いつも通りの一人の空間が、少しずつ変わり始めていた。
学祭での演奏、ステージで見せたあの笑顔。あの瞬間から、みことの周囲の空気は確かに変わっていた。話しかけてくる人が、急に増えた。男女問わず、どこかきらきらした目で、みことを見ていた。
最初は驚いていたみことも、だんだんと「うん…ありがとう」と小さく微笑むことができるようになっていた。
そして、決まって聞かれるのが――
「すちさんと、どういう関係なの?」
「もしかして、付き合ってるの?」
そのたびに、みことは少しだけ言葉に詰まった。けれど、頬をほんのり赤く染め、目を伏せながらこう答える。
「……すち、は……好きな人、です」
その一言に、「わぁ…やっぱり…!」と声を上げる者、「いいなぁ、幸せそうだね」と優しく微笑む者、様々だった。
みことはそんな反応に戸惑いながらも、胸の奥が少し、ぽかぽかするのを感じていた。
あの頃は、何となく一人でいる方が楽だった。でも今は――少しずつ、人との距離を近づけていける気がしていた。
そして、そんな変化を――誰よりも先にすちに伝えたくなる、今日この頃だった。
___
その日の講義が終わり、みことは教科書をバッグにしまいながら、いつも通り正門へ向かって歩いていた。淡く沈む空の色に、校舎の影が長く伸びている。通い慣れた帰り道――のはずだった。
けれど、正門の前はなぜか妙にざわついていた。人だかり。ざっと見た感じ、男女問わず学生たちが興奮気味に何かを囲っていた。
「え、近くで見ると、よりかっこいい…!」
「兄貴って呼んでもいいですか!?」
「キーボード、教えてください!」
「みことくんと、どんな関係なんですか…!?」
黄色い声が飛び交い、スマホのシャッター音まで聞こえてくる。騒がしいその中心に、見慣れた青年がいた。
すちだった。
白いシャツに黒いジャケット。スタイリッシュなその姿は、無造作にかき上げた前髪と穏やかな笑みを引き立てていた。
すちは学生たちの問いかけに苦笑しながらも、真摯に相槌を打ち、丁寧に対応していた。けれど――
みことの姿に気づいたその瞬間、すちの表情がふわりと変わった。柔らかく、優しく、甘く。
「あっ、みこと」
周囲のざわめきを切り裂くように、すちは歩み寄り、迷わずその手を伸ばしてきた。
「……すち?」
驚くみことの頬に、夕陽の赤が差す。
「なんで……こんなとこに」
みことが小さく問いかけると、すちは少し照れたように微笑んだ。
「会いたかったから。みことに」
――その一言に、みことの胸がきゅっとなる。
周囲の視線も歓声も、今は遠くに感じた。まるですちの声しか届かないかのように、すちの姿だけがはっきりと映っていた。
「……ばか」
みことは目をそらしながらも、口元を少しだけ綻ばせる。自然と歩み寄る距離。重なる影。
すちは、優しくみことの髪を撫でながら、「帰ろうか」と囁いた。
ふたりの帰り道は、夕焼けの中、静かに始まっていた。
___
すちが「会いたかったから」と穏やかに微笑んだ瞬間――
ざわめいていた周囲が、一瞬、静まった。
いや、正確には「静まったように感じるほどの沈黙のあと」、爆発的な反応が起こったのだった。
「え……彼氏……???」
「今、あの人、“会いたかった”って……え、えええ?」
「距離、近すぎじゃない? てか今髪、撫でた? 触れたよね!? 」
「うそでしょ、付き合ってるってこと!?」
「尊……」「は? 目の前でリアル恋愛映画見せられてる気分なんだけど」
「は〜〜無理、現実の2人なのにあまりにも絵になりすぎてて無理……」
「え? あのみことくんが、あのイケメンにあんな顔……好きすぎる……」「カップルとかじゃなかったらむしろ怒るレベル」
きらきらした目で2人を見つめる者、そっとスマホをしまって涙ぐむ者、嬉しさのあまり地団駄を踏む者――それぞれの反応は違えど、その場にいた誰もが同じ想いを抱いていた。
――この光景、目に焼きつけなければ。
すちがみことに「じゃ、行こっか」と声をかける。
みことは小さく頷き、すちの隣に並んだ。
そのままゆっくりと歩き出すふたりの背中を、誰もがしばらく見送っていた。
「推せる……」「強い……」「付き合ってくれてありがとう……」
そして、誰かがぽつりと漏らした一言が、周囲の空気を支配した。
「……あの2人、好きすぎる」
拍手でも起きそうな勢いのその場を背に、すちとみことは夕暮れの中、ゆっくりと歩いていった。まるで物語のワンシーンのように。
正門を離れ、ふたり並んで歩き出す。
秋の夕暮れは少し肌寒く、みことはカーディガンの袖をきゅっと引き上げる。すちはみことの歩幅に合わせ、ゆっくりとした足取りで隣を歩いていた。
ふと、後ろからまだ残るざわめきが聞こえた。
「やっぱり、あれは彼氏だよね……?」 「みことくん、めっちゃ大事にされてた……」 「羨ましすぎてつらい……でも応援したい……!」
それを耳にしながら、すちは苦笑しつつ、みことの横顔をちらと見る。いつもより少し上気して、耳の先まで赤い。本人は無意識らしく、ただ前を向いて歩いていた。
「……ほんと、愛されてるなぁ、おまえ」
ぽつりと、すちが呟く。みことは不思議そうに首を傾げる。
「ん……? なにが?」
「さっきの反応、見てただろ? みことのこと、みんな大好きなんだよ。男女問わず、みんな“みことが好き”って顔してた」
そう言いながら、すちはそっとみことの手を握る。
「ちょっと妬けるなぁ……」
その言葉にみことは目を丸くする。まだ「俺が妬く」ということがぴんとこないらしく、ぽかんと見つめ返す。
すちは優しく微笑んだ。
「……俺だけ見ててね?」
「……?」
意味がよくわからないまま、それでもみことはこくんと頷いた。
「うん」
素直すぎる返事に、すちは思わず笑みを深めた。
「やっぱかわいすぎるな……」
照れ隠しのようにみことの髪をくしゃっと撫でると、みことは嬉しそうに目を細めた。
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