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Yellow
「あの、おかわりお願いしてもいいですか」
「もちろんです」
カフェラテがすごく美味しくて、俺は2杯目を頼んだ。普段好んでコーヒーは飲まないのに、一気にこんなカフェインを摂取したら主治医に何か言われそうだ。
「コーヒーって、けっこう健康効果があるらしいですよ」
見透かしたようにマスターが言うので、びっくりする。
「あ、そうなんですか」
彼はカップにミルクを注ぎながら、こくりとうなずく。
「ここの前身の喫茶店をやってたマスターは、70代だったけど元気そうな身体でした。僕のほうがダメだったくらいで」
「喫茶ピクシス」の前も、喫茶店だったんだ。
やがて「お待たせしました」とおかわりを渡してくれる。温かいうちに、と傾けているとき、ドアベルが鳴って新しいお客さんが現れた。
「いらっしゃいませ。…お久しぶりですね」
という口調からするに、常連客なんだろう。2つ隣に座った男性は、「いつものを」とドラマのような台詞。
「アメリカンですね。少々お待ちを」
マスターがコーヒーを淹れる音を聞きながら、黄色のカップアンドソーサーを眺める。
底抜けに明るいレモンイエローというわけではなく、少しくすんだ色だ。まるでたんぽぽみたい。
「マスター。ちょっと気になったんですけど」
そう尋ねたのは、さっきやってきた人だ。
「なんで…お客さんごとに出すカップの色が違うんですか? 同じ人には同じ色で。何か決めてることでも?」
「そうなんですか」
俺はお客さんを見やった。ミルクティーを思わせる髪色で、おしゃれな雰囲気だ。
「ええ。俺はいつも赤色で。お客さんも、きっとこれからも黄色ですよ」
それでどうなんです、とマスターをうかがう。
「決め事とかたいそうなことじゃなくて、単純にフィーリングです。この方にはこの色かな、みたいな。嫌いでしたらすみません」
いいえ、と俺と彼は同時に首を振っていた。顔を見合わせ、ふふっと笑う。
「いや、ぴったりだなって」
気づくと通院帰りの憂鬱な気持ちは、すっかり消えていた。それから胸の痛みも苦しみも。
たぶん、彼も何かしらの病を患った人なんだろう。何も伝えてないし教えられてないけど、何だかわかり合えたようだった。
ここに来れば、ひとりじゃないんだって思える。
マスターが待ってくれていて、俺のための色のカップで温かなコーヒーを出してくれる。
人生の最後にここに辿り着けてよかったな。
ひたすら俗世間から逃げてきて、清潔な環境を強いられてきた。
いくら望んでいたとはいえ、今からその砂塵の中に飛び込んでも俺の心臓は耐えられない。
だけど——ピクシスなら、安心して眠りにつける。
そんな気がした。
続く