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「きょうは、執事かなんかの本でも読んでたの?」
「はい、大正時代の貴族と執事の恋愛小説を読んでおりました。いかがでしょうか」
なるほど。本はジャンル構わず読み、かなり入れ込むタイプなんだな。体の奥から笑いがこみ上げてくる。
「郡司くん、面白いよ! まだ慣れてないけど、私が慣れたら多分もっと面白い。郡司くんも楽しい?」
「少しでも別人になって遊ぶのは格別です」
「これからも、こうやってお話しようよ」
「感謝いたします」
「そうだ……、ひとつ謝らなきゃいけないことがあるんだ。例のコラボ企画、別の人が担当になったんだ。私もサポートするけど……ごめんね」
「……、残念です」
「その先生、仕事もできるし、かわいいし、メニュー開発楽しめると思うよ」
ふるふると執事は首を振る。
「未央さまが良かったのに。未央さまでなければやる気が起きませぬ」
「ごめんね、私もやりたいと思ったんだけど別件の担当にもなってるから、負担だろうってチーフに言われちゃって……」
「未央さまは言ってくださらなかったのですか。《《私》》にやらせてほしいと」
「えっ、あー、うん。言いたかったけど、言えなかった」
「なぜ?」「たしかにかけ持ちは大変だし、他の人の勉強にもなるって言われたらちょっと言い出しにくくて……。それに郡司くんのことでやっかんでる人もいるんだよね。今回は遠慮しとくよ」
「未央さまのお気持ちはどうなるのですか?」
「かき乱したくないの。私が黙っていて、うまくいくのなら黙っていたいの……」
「無用な争いは避けたいと?」
うつむいたまま、コクリとうなづいた。
「未央さまがそれでよろしいのなら、かまいません。しかし自分の思いをとどめているのは、よろしくないのでは?」
未央はうつむいたまま返事ができなかった。
「メニュー開発の件は承知しました。残念ですが仕方ありません」
「ごめんね」
「未央さまが、自分らしく生きられることを切に希望いたします」
「……無理だよ、そんなの」
「なぜ?」
「私たちは、誰かと一緒に生きてるんだよ。自分の思いだけで生きてなんていけないよ」
「……未央さま、私はあなたの努力、museで毎朝見ておりました」
「え?」
うつむいていた顔を上げて、未央は亮介の顔を見た。穏やかで、温かい、やさしい笑顔だ。
「毎朝、カフェラテを飲みながら、手帳を広げて一生懸命なにか考えたり、悩んだり。私は素晴らしいなと思っておりました。未央さまは、それだけ努力されています。どうか、ご自身に自信をもってくださいませ。ご自分で作った、枠をはずして自由になってくださいませ」「自由」
「枠だらけになって身動きがとれないのでは? それではつまりません」
「はぁ……」
畳みかける亮介の圧に、だんだん推されてきた。苦しい、胸の奥が。
「……では、あすも仕事ですので、このあたりで失礼いたします」
「うん」
「未央さま最後に」
「え?」
「元に戻る練習がしたいのですが」
じっと見つめられて、どきっとするので目をそらす。その目はずるい。
「ああ、元に戻る練習ね。そうだなどうしたら戻れるかな? なにか手を叩くとか、膝を打つとか? 飲み物を飲むとかどう? それで無理やり戻す感じで」
「いやです」
「え? いや?」
「口づけがよいのですが」
「えっ? くっ……口づけ!?」
「はい」
すごい積極的な執事だな。もしかしてコントロールできないってのは嘘なんじゃないか? 未央はそう思ったが、酔いもあってこのままそうしても、いいような気がした。