「愛されていなかった……?」
グランツの翡翠の瞳はこれでもかというくらい見開かれていた。でも、驚きの中に、もう知っている。本当は知っているんだ、というのもみえた気がして、グランツはそれを見て見ぬ振りして過ごしてきたのかな、とかも思った。ただの予想でしかないけれど。
(もう、随分と昔のことだから、私も覚えていないけど……たった一人逃された第二王子、であるなら愛されていたと思うんだけどな……)
それか若しくは、運が良かったとか。
アルベドが植え付けた記憶は嘘。本当はもっと最悪な記憶。だとしたら、やっぱりグランツは王族の間の何かに苦しめられていたんじゃないかと思った。でも、アルベドがそれらを全て知っているわけじゃないだろうし、あくまで記憶を改ざんしたのは、ヘウンデウン教がラジエルダ王国に攻めたときの記憶だけ。
「ああ、そうだ。これは、俺が事前に仕入れた情報だからあってるぞ?それとも、俺の言葉じゃ、信じられねえか?」
「……」
グランツは、アルベドを見た後、額に手を当てた。何かを思い出すような仕草にも見え、苦しそうに唇を噛み締めている。
アルベドも趣味が悪いと思う。自分で気づかないと意味がないのだろうが、苦しめる必要はないのではないかと。そりゃ、アルベドからしたら、助けたのに恨まれたし、見たいな事はあるかも知れない。でも、そうなるかも知れないって分かった上での行動だっただろうから、それはそれでおかしいのだけど。
「ブライト」
「何でしょうか、エトワール様」
「記憶を書き換える魔法ってどんなものなの?」
「記憶を書き換える魔法ですか?禁忌の魔法に限りなく近い、グレーの魔法……」
「誰でも使える魔法なの?」
「いえ、基本的には、闇魔法の魔道士が使えるものです。まあ、光魔法の魔道士も使えないわけではないのですが、精神的負担は、光魔法の魔道士の方が大きいですね」
「そう……因みに、ブライトは使ったことある?」
「まさか」
ブライトは首を横に振った。
ブライトは、その記憶を書き換える魔法について知っているようで、彼はアルベドの話を聞いて、驚きながらも、アルベドだしな、みたいな感じで見守っていた。
「その、でも、闇魔法の人間でも作用があるんじゃないかな……とか思うんだけど、矢っ張りそうなんだよね」
「ええ。今話を聞くと、レイ卿はかなり危険な事をしたと思いますよ。自分自身に対しても、相手に対しても。まあ、記憶を書き換える魔法は、幼い人間ほど効力が出ますから。しかし、簡単なものではないですし、双方に精神的負担は起ります」
と、ブライトは教えてくれた。やっぱり、リスクがあるんじゃないかと私はアルベドを見ていた。彼は、魔法に長けているけれど、それでもこれまで身体に、精神に負担がかかる魔法を多く使ってきた。なのに、彼は苦痛に歪む表情を私達の前で一度も見せたことがない。これは、どういうことなのだろうか。
彼のユニーク魔法がそれに関連するのだろうか。それとも、元々タフなだけ? 苦しむ姿は人には見せないタイプなのかも知れない。色んなことが考えられたが、アルベドに聞いたところで、答えてくれなさそうではあった。
「それで、俺の記憶を書き換えて……その、愛されていなかったと、何故言えるんですか」
「お前も気づいているだろう。自分の扱いについて。第二王子……ラジエルダ王国の王太子は、ユニーク魔法が使えなかった。いや、使えたんだろうが、発現までに時間がかかった。王族、皇族は基本的にユニーク魔法が使えるからな。だから、使えない王太子はさぞ苦しんだことだろう。自分を呪ったかも知れない」
「兄は……ユニーク魔法が使えていました」
「俺が、そういう風に記憶を書き換えている可能性もあるだろう。口を挟むなよ」
落ち着け、というようにアルベドはグランツを宥めた。彼は不服ながらもそれを受け入れ黙った。
王族、皇族はユニーク魔法が基本使えるものだとアルベドは言った。ということは、リースが使えないという線はほぼ確実にないわけで、また、グランツがユニーク魔法が使えたことに対しても、攻略キャラだから、という理由だけではないようだった。相変わらず、この世界にことに関して何も知らないな、と自分の無知さに肩を落とす。
しかし、アルベドの意図がまだ全然詠めなくて、私は彼が何をしたいのか、何を伝えたいのか分からなかった。
愛されなかった、記憶を書き換えた。それがどう繋がるのか、私にはさっぱり理解できないのだ。アルベドから見て、記憶を書き換えざるを得ないほど、グランツの境遇が酷かったのか、それとも……
「愛されていなかった理由としては、まあ、お前がまず王太子よりも先にユニーク魔法を発現させてしまったことだな。これは、ただの八つ当たりだし、仕方ねえことだろう。だが、王太子へのダメージは大きかったはずだ。そして、1番の原因、お前が愛されていない原因を作っているのはそのユニーク魔法だ」
「……俺の、ユニーク魔法」
「知ってるだろ?ラジエルダ王国が、魔法と密接した国だって言うことは。魔力に溢れ、国民の魔力量も、一般的に高い数値を誇っている。平民ですら魔法が使えるほどには、ラジエルダ王国は魔法に恵まれた土地だった。それ故に、魔法が使えることを誇りに思い、生活の全てを魔法に負担させていた。魔法なしでは生きていけない国だ」
アルベドは嘲るように言う。
ラジエルダ王国の魔法の文明は凄い、ということは、ブライトから以前も聞かされていて知っていた。けれど、私が想像した以上に、ラジエルダ王国は魔法に頼り切っていた国なのだろう。そして、魔法を神聖視していた。魔法が使える人間は素晴らしいと。そんなものをアルベドの話から感じた。
だからこその、グランツのユニーク魔法だ。
「お前のユニーク魔法は異端だった。ラジエルダ王国にとって脅威ともなる魔法だ。ラジエルダ王国は戦争でも武器を持たず、魔法で戦場をかける。魔法便りだったんだ。だからこそ、そんなラジエルダ王国の王族のお前が魔法を無力化するユニーク魔法を持っていると知り、怒りを覚えた。お前は、家族からも、国民からも異端な存在として目をつけられていたんだよ」
「……そんなこと」
「あるんだよ。自分たちが信じたものを壊しかねない、そんな理想を抱く奴らに現実を叩き付ける人間、それがお前だった。お前が敵に回れば、お前がそのユニーク魔法でラジエルダ王国全土の魔力を枯らせば……そう考えたんだろうな」
「だからって」
「俺も信じたくねえよ。つか、ガキのお前が自分のユニーク魔法を上手く扱えるとおもわねえ。それこそ、周りが言っている、ラジエルダ王国の魔法を全て消す、斬る、何てこと出来なかったと思うぜ」
「……」
グランツの過去、本来の彼の立場、置かれていた状況を聞いて、私は今の自分と似ているところがあるな、と感じていた。それを言うべきか言わないべきか考えていると、グランツは口を開いた。
「つまり、俺を元から殺そうとしていたと言うことですか」
「……そうだな。元から恨まれていた。第二王子という身分だったお前は、誰からも愛されていなかった。異端だって、ずっと恐れられていた。お前のユニーク魔法は、全人類、魔道士にとって驚異だ」
アルベドはそう言いきると、顔から感情を消してグランツに言い放った。
「お前が敵じゃなくて良かったと思ってる。あの時助けて良かったってさ、俺は思ってるぜ」
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