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ハグの習慣が始まってから、私たちの距離は目に見えて縮まっていった。
レオナルド様は、私が少しでも不安そうにすると
「30秒休憩だ」と言って、すぐにその大きな腕で私を包み込んでくれる。
けれど、リハビリはまだ始まったばかり。
恐怖を完全に克服するため、私たちは次のステップへと進むことにした。
「……今日は、『髪を梳かす』のと……その、手を繋いで『指を絡める』練習をしてみませんか?」
私の提案に、レオナルド様は快く頷いてくれた。
「君が望むなら、なんだってする……さあ、ここに」
レオナルド様に促されてドレッサーの前に座ると、彼は私の後ろに立った。
鏡越しに見る彼は、これから国家予算を決定する会議にでも臨むかのような、悲壮なまでの真剣な表情をしている。
彼は銀製のブラシを手に取ると、私の髪を一房、そっと掬い上げた。
「……痛くないか?」
「はい、とっても優しいです」
彼の大きな手は、私の頭をまるごと包み込めてしまいそうなほど大きい。
以前なら、その手が近づくだけで目を逸らしていた。
けれど今は、鏡越しに彼の手の動きをじっと見つめることができる。
レオナルド様は、私が痛くならないように、細心の注意を払ってブラシを滑らせていく。
その大きな手が私の首筋や耳の近くを通るたび、熱い体温が伝わってきて、心臓が甘く疼いた。
「アネットの髪は、絹のように柔らかいな。……毎日、こうして触れていてもいいだろうか」
「…レオナルド様に触れられていると、すごく大切にされているんだって……実感できるので、この時間好きです」
鏡の中の彼は、私の言葉に一瞬だけ目を見開いたあと
それこそ砂糖が溶け出したような、とろけるような笑顔を見せた。
◆◇◆◇
「次は……手の練習だ」
ベッドに腰掛けると
レオナルド様が、私の隣に座った。
彼はテーブルの上に自分の掌を上にして広げる。
厚みがあって、節くれだった、男らしい手。
私は震える指先を、ゆっくりとその上に重ねた。
彼の手は驚くほど熱い。
私が手を重ねると、彼は指の一本一本を私の指の間に差し込み、深く、隙間なく絡めた。
「……これが、『恋人繋ぎ』というものだったな」
「レオナルド様、力が……少し、強いです」
「っ、すまない。嬉しくてつい力が……。……これくらいか?」
彼は慌てて力を緩めたけれど、繋いだ手は決して離そうとしない。
指の隙間が埋まり、掌同士がぴったりと密着する。
過去の男たちが強引に掴んできた
あの「痛み」や「冷たさ」はどこにもない。
ここにあるのは、私の反応を伺いながら
壊れ物を慈しむように握りしめる、不器用なほどの優しさだけだ。
「こうして指を絡めていると……レオナルド様の鼓動が、指先からも伝わってくる気がします」
「……君に触れるたび、俺の心臓はうるさいほど跳ねるからな」
彼は繋いだままの私の手を持ち上げ、その指先に、誓いを立てるように静かに口づけを落とした。
その仕草があまりに様になっていて、私は顔から火が出るほど照れてしまう。
「あ、の……レオナルド様。前より、怖くありません。……むしろ、もっと触れてほしいって……思ってしまうくらい」
「それは、よかった」
「そ、それと、私ずっと、レオナルド様に言いたくて言えなかったことがあるんです…!」
「なんだ?」
「…その、私のことを気遣ってくださって、優しく接してくださるレオナルド様のこと、大好きなんです、大好きってずっと、言いたかったんです…っ」
消え入りそうな声で私が本音を漏らすと
レオナルド様は一瞬だけ獲物を見つけた猛獣のような、鋭い熱を瞳に宿した。
けれど、彼はすぐにそれを理性の下へ押し込め、私の額に優しくコツンと自分の額をぶつけた。
「……アネット。そんな可愛いことを言うのは反則だ。優しくできなくなる」
「…え?ど、どういう意味ですか……っ?」
「いや、なんでもない」
「…?」
氷の狂犬が、私の前でだけ見せる、崩れそうなほどの独占欲と溺愛。
その熱に包まれながら、私はもう二度と、過去の影に怯えることはないと確信していた。