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〜君と私の正解〜
「ねぇ、ほんとに入るの」
「え、うん。」
ーいや?
そう尋ねれば、なぜだかバツの悪そうな顔をする。
大森の視線が何かに惑うように揺れた。
ーどうしてそんな顔をするの?
また、小さな違和感が塵のように積もっていく。
「まあまあ、…はい。ばんざーい」
「…ん、」
若井はその時、ただ大森が自身を縛り続ける枷を外してあげたい、その一心だった。
その行為が正しいのかなんて考えることすら知らずに。
「痒いとこなぁい?」
「ぅん、」
頭皮を揉み込むように優しく頭を洗うと、大森は気持ちよさそうに両目を細めた。
ここ最近あまり寝れていなかったのか眠たそうに体を揺らし船を漕ぐ。
後ろからひっそりと覗き込むと、柔らかそうな頬が見え隠れし、長いまつ毛が目元に影をつくっている。
そっと大森の頬に指先を這わせると確かにそこに体温はあるのに、まるで蝋人形のような無機物さを帯びていた。
なんだか居た堪れなくなって、若井はただ一生懸命に手を動かした。
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先に大森の髪を乾かし寝室に戻る。
ベッドに横たわらせ、自身の髪も乾かそうと寝室を出ようとすると、
「…もう、いっちゃうの?」
「ん、?行かないよ、髪乾かしてくるだけ」
そう告げると、ひどく安堵したような、けれど拭いきれない不安が見え隠れする表情で若井を見つめる。
若井は、繋ぎ止めるように大森の頭を優しく撫でた。
「すぐ、戻ってくるから」
そう言い部屋を出ようとする。
すると大森が再び尋ねる。
「ねぇ、」
「ん、どした?」
「…わかいは、」
何かを言おうとして言い淀む。
そっと目を閉じ、しばらくすると覚悟を決めたように再び目を開く。
そして、ぽつりぽつりと話し始める。
「わかいは、さ。その、僕じゃ、なくても。こういうこと、してくれるの、?」
「ぇ、ぃや…」
「っもし!りょうちゃんでも、おんなじこと、するの、?」
ーなんで、そんなにも切なそうな顔をするの?
大森は、今にも泣いてしまいそうな表情で顔をゆがめた。
どうしてそんな表情をするのかも、なぜ今りょうちゃんが引き合いに出るのかも、若井には分からなかった。
ーこんなにも愛おしく思っているのに。
あれ、
愛おしい、?
また、小さな違和感が喉元につっかえる。
ーいや、それは友達としての感情で、
そうだ。そうでなくちゃなんだって言うんだ。
若井は必死に自身にそう言い聞かせた。
「もときは、…友達、だから、」
「じゃあ、りょうちゃんも。もし望んだら、おんなじことするんだ?」
ー本当にそうだろうか、?
「う、ん。多分。」
ーあ、これはきっと嘘だ。
直感的に若井はそう思った。
まるで逆さまになってしまったような、気味の悪い感覚が体を駆け巡る。
「……ぇって」
「ん、?」
「わかい、帰って。」
「え、なん」
「正しくない、こんなの。」
ー正しくない?
こうも真っ向から否定されると、若井はなんだか無性に悲しくなった。
けれどそれ以上に悲しそうな表情で顔を歪め続ける大森を見ると、もうどうしたらいいのかわからずお手上げだった。
「…ねぇ、わかんないよ。もっと、はっきり言って、?」
ー『正しくない』ってなに?
そう言おうとした時、
「もし、…僕が、”好き”って言ったら。どうする、?」
どうする、?
「もときが、俺のことを、好き、?」
全く予想もしなかった問いを投げかけられた若井は、あまりの衝撃に戸惑いを隠すことができなくなっていた。
ただ立ち尽くす若井に対し、大森ははっきりさせようと詰め寄る。
「えっと、…その、」
必死に次の言葉を紡ごうとするが、浮かんでくる言葉はきっとどれも正解に足るものではなかった。
その時初めて、若井は自分の犯した間違いに気づいた。
ーいや、今までのことを『不正解』としてしまうことほど、愚かなこともないのかもしれない。
「…もときが望むことなら、して、あげたい」
若井が用意した言葉は、あまりに月並みで、けれど紛れもない本心だった。
大森は自嘲のような笑みを浮かべる。
「なら、言葉どおり、」
ーなんでもしてよ
そう言い放った元貴の声はあまりに痛々しく、悲痛な叫びとして若井の鼓膜を震わせた。