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「新宿の雨を見ていると涙が出てくるのはなぜだろう」
と、ビルが雨に濡れ姿はなんだか悲しい思い、優作はつぶやいた。
横で雨子さんが、優作の隣に立ち言う。
「それはツグミを獲って食べたからだと私は思うの…、それゆえに親鳥の帰りが来なくて、飢えて死んだ雛達の涙が雨に変わったんだと思うの」
と、雨子さんは不思議な事を相変わらず言う。
俺はよこで雨子さんの言葉を聞き、優作は新宿のカフェでコーヒーを飲みながら、ひたすら雨を眺めた。
雨子さんは蓮花茶を飲んでいる。
雨子さんは俺にしか見えない、空想のお友達。それは決まって、雨が降る日にしか現れず、突然優作の目の前に現れるのだ。
「ねぇ、貴方は雨が嫌いなのかしら?」
と、雨子さんは蓮花茶を飲みながら言う。
「いや、むしろ好きだよ、ただ雨にぬれるビルを眺めていると、自然に涙が自然と流れのさ」
と、優作はコーヒーを啜りながら言う。
雨子さんは、
「そうなのね」
と、だけ言い、微笑みながら蓮花茶を飲んでいるのだった。
そうだ、雨は好きだ。雨に濡れると心の汚れも落としてくれるし、涙を流していても涙と一緒に水滴も流してくれるから雨は大好きだと、優作は思うのだ。
優作は最近長年付き合っていた恋人と別れた。それは突然のことだった。
いい年した三十五歳の大人が、街のどまん中で雨に濡れながら号泣するのはみっともないと、自分でも思った。街ですれ違う人達は関わってはいけない人物だと思い、無言で通り過ぎていく。
けど、雨子さんだけは違った。
「優作くん、濡れると風邪ひいちゃうわ」
と、白いワンピースに白いサンダル姿だけの格好で、ビニール傘を差し出し、僕に手を差し伸べてくれた。
それ以来雨子さんは、雨が降る日には必ず僕の目の前に現れては、励ましてくれる、お姉さんのような存在なのだ。
雨子さんが、なぜ俺の名前を知っているのか、一度も疑問に思ったことがない、ただ俺にしか見えない、自分で作り上げた空想の人物だと、初めて目の前に現れた時から、なんとなくそう思っている。雨子という名前も、俺が勝手につけた名前で、本名はいまだに知らないし、聞くまでもないだろう…。
優作は空のコーヒーカップを返却口に返し、店内を出た。雨は相変わらずしとしとと、降り続いている。傘をさし、優作はひたすら街を歩いた。しばらく歩き、新宿御苑についた。
「あら、御苑?」
と、雨子さんが微笑むように言った。
「うん、少し散歩したいんだ」
と、優作がいい、雨子さんは何も言わず、大きく背伸びをし、深く深呼吸をしている。
「夏の雨の匂い、濡れた土の匂い、私が好きな匂いだわ」
と、雨子さんはニコニコしながら言った。
「そうだね」
と、優作は言い、チケットを一枚購入して、御苑内に入園した。
御苑内は平日のせいなのか、かなり空いており、自分しかいないような空気に包まれていた。優作は御苑内の歩道をひたすら傘をさし歩いた。優作は別れた恋人との思い出を、ぼんやり思い出しながら、雨の中をひたすら歩くのだった。
「優作くん、今日はなんだかいい事がありそうな感じがするの」
と、ふいに雨子さんが言った。
「いいこと?」
「そう、いいこと」
と、雨子さんはひたすら空を見上げながら言う。
「それはどういういいことなの?」
と、優作は横にいる雨子さんに聞いた。
「さぁ?」
と、雨子さんは無邪気に笑いながら言う。
「なんだそれ」
と、優作はクスッと笑いひたすら歩くのだった。
しばらく歩き、雨が土砂降りになった。優作は近くの台湾庭園内にある、台湾閣に入った。屋根から伝っていく雨をひたすら黙って見て、目の前の池に広がる波紋、遠くにそびえ立つビルをぼんやり眺めていた。すると遠くから、こちらに向かって走ってくる人が見えた。やがて、その人は台湾閣に入り、壊れた傘を手に持ち、ぜぇぜぇ言いながら、
「凄い濡れちゃったなぁ」
と、小声で独り言を呟いた。見た感じ、体育会系大学生のような雰囲気の青年で、綺麗に刈られた、スキンフェードの黒髪、こんがり焼けた日焼け肌に、黒のタンクトップに、オレンジ色のショーツに運動靴を履いた、ずぶ濡れの爽やかな青年が、優作と同じ空間に来たのだ。青年はこちらに気付き、
「あっ、どうも」
と、青年は恥ずかしそうに挨拶した。
「どうも…、ずぶ濡れですけど大丈夫ですか?」
と、優作は青年に言った。
「あぁ、大丈夫ではないっすね」
と、青年は笑いながら言う。
「良かったらこれで拭いてください」
と、優作はトートバッグからタオルを取り出し、青年な渡した。
「どうもありがとうございます」
青年は遠慮なくタオルを受け取り、濡れた体を拭いた。
「それにしても凄い雨ですね」
青年は子供のように笑いながら優作に言った。
「そうですね」
と、優作は微笑むように青年に言った。
「お兄さんも雨宿りですか?」
青年は聞いた。
「そうですね、雨が強くなったんでここで一旦雨宿りしてます」
優作は言い、青年は、
「まぁそうっすよね」
と、遠くの景色を見ながら言う。
「君はどうしてずぶ濡れになりながらこんな所にいるの?」
と、優作は青年に聞いた。
「今日は大学講義が休講になったんで、ちょっとここにサボりにきたんですよ」
青年は笑いながら言い、続けて、
「そしたら傘がぶっ壊れちゃってこの様です」
青年は言った。
「そりゃ、災難だったね」
優作は笑いながら青年に言った。
「お兄さんは今日はお仕事休みですか?」
青年は優作に聞いた。
「そうだね」
と、優作は言った。青年は、
「ふーん、そうなんだぁ」
と、ぼんやり景色を見ながら呟くように言った。
雨子さんは、優作と青年の会話を遠くで聞き、微笑みながら蓮花茶を飲んでいる。
「暇なら、この後どうです?タオルのお礼も兼ねてお茶でも奢らせてください」
青年は優作な目を見ながら、にっこり微笑み、言う。
「年下に奢ってもらうのはちょっと…」
優作は困っなように言う。
「ホントにお茶だけですよ」
青年は優作に真剣な眼差しで言った。
「なら、お茶だけなら…」
優作は恥ずかしそうに言った。
「なら決まりっすね」
と、青年は満面な笑みで言った。
「そうだ、傘壊れちゃったんで、入れてくれませんか?」
と、青年が優作に言う。
「うん、いいよ」
優作は言い、傘をさし、青年を入れた。さすがに男二人だと傘には収まりきらず、二人とも片側の肩を雨に濡らしながら御苑内を歩いた。
「お兄さんガタイいいですけど、ジムとか行ってるんすか?」
と、青年は優作に肩を密着させながら言った。
「一応、ジムで鍛えてるよ」
と、優作は言う。
「さすがっすね」
と、青年はにこやかな表情で言った。
「君は何かやってるの?」
優作が聞いた。
「僕はアメフトを大学のサークルでやってます!」
と、元気な少年のように言った。
「凄いな」
優作は呟くように言った。
「へへっ、全然ですよ…」
と、青年は満面の笑みを浮かべた。その姿は仔犬のように無邪気で、どこかあどけない感じが可愛かった。
俺たちは雨に濡れた御苑の歩道を相合い傘をして歩き、門に向かう。
新宿の街は雨に濡れたアスファルトの香りに、車の排気ガスの匂いにむせかえせていた。
優作はこの匂いがたまらなく好きだ。横で雨子さんも腕を伸ばし、深呼吸するように空を眺めていた。
「どこいきましょうか?」
と、青年が優作に聞いた。
「あぁ、この辺におすすめのカフェとかある?」
「うーん、カフェもいいけどご飯屋さんの方が今は行きたい気分かなー」
と、青年は言った。
「あぁ、そうなの?」
と、優作は言った。
「実は朝からご飯食べてなくて…」
「なら、この近くに美味しい中華料理屋があるからそこはどう?」
「賛成!そこ行きましょう!」
と、青年は言った。
新宿御苑前近辺は相変わらず人が|往き来し《いき》、湿気に包まれていた。
中華料理屋に入ると、青年はメニューを開き、
「チャーハンと餃子頼んでもいい?」
と、聞いた。俺がどうぞ、と答えると、青年は満面の笑みを浮かべた。
卓上に料理が運ばれと、
「いただきます!」
と、青年は言い、チャーハンを美味しそうにレンゲで口に運んだ。
「お兄さんは、今日仕事は?」
と、青年がふいに聞いた。
「休みだよ」
「じゃあ、今日は暇なんだ」
と、青年が言う。
「そうだよ」
「じゃあこの後どっか遊ばない?」
と、青年が言う。
「えっ?」
「こうして会えたのも何かの縁だし、せっかくならどっか行きたいなぁって」
と、少し照れくさそうに青年は言った。
「じゃあ、どこ行く?」
と、優作は聞いた。
「食後だから、少し身体を動かしたいからなぁ…」
と、青年は考えながら言った。
「そうだ!バッティングセンターとかどう?」
と、青年は目を輝かせて言った。
「雨の日に?それに俺は球技が苦手なんだよ…」
と、優作は困ったように言った。
雨子さんは横で人事のように笑っていた。
「大丈夫だよ、下手くそでも笑わないし」
と、青年が言う。
青年は話しも聞かないうちにレジに伝票を持って会計を済ませた。
「ここは僕が奢りますから、バッティングセンターに付き合ってくださいね!」
と、ニコニコしながら青年が言った。
優作は渋々受け入れ、青年にリードされるようにバッティングセンターに向かうのだった。
バッティングセンターに着くなり、優作は青年の分の会計を済ました。
青年はさっそくバットをもち、機会で打ち込まれていくボールを見事に打ち返した。
「あぁ、久しぶりだから腕が鈍ってるよ」
と、悔しそうに青年が言った。
優作もバットを持ち、打ち込まれるボールをめがけて振ったけど見事に空振りだった。
「優作くん!ファイト!」
と、雨子さんは缶コーヒーを飲みながらベンチに座っている。
優作のコートに青年が入り、優作の肩に腕を回し、青年が、
「いま!」
と、青年が叫ぶ。
見事、バットに強い振動と衝撃が走り、ボールが当たり打ち返せたのだった。
「ありがとう」
と、優作が言う。
「この調子で次も頑張って!」
と、ニコッと笑いながら青年は言った。
しばらく青年に補助された後、優作は再び一人でバットを握った。青年に教えられたように、ボールをよく見て、タイミングよくバットを振って見事ボールをヒットさせたが、球は思ったより飛ばない。
「さっきより上達しましたね!」
と、青年が言った。
バッティングセンターが想像してた以上に楽しいなんて優作は思いもしなかった。
バットごしに感じる衝撃、腕の骨にまで伝わる振動が何とも言えない快感に感じた。
その後二人はひたすら球を打つのに夢中になっていた。
青年がホームランを取り、勝利の雄叫びをし、優作は青年の方を振り向いた。
「よっしゃ!やっとホームラン取れたよ」
と、青年は満足気に言った。
「凄いじゃん、俺も負けてられないね」
と、優作は笑いながら言った。
「そろそろ出ようか」
と、青年は言った。
ベンチの時計を見たら、針はお昼をさしていた。
バッティングセンターを出て、自販機でアイスクリームを食べながら二人は新宿の街を歩いた。
優作はチョコミントを食べた。チョコレートの甘さと、舌に伝わるメンソール感が何とも言えない複雑な感じがたまらないのだ。
この辺は歓楽街で、雑居ビルも多いが、特に遊ぶような場所はない。
俺たちは地下鉄に乗り、六本木に向かうことにした。
今度は優作が彼に行きたい場所を提案した。
無論、雨子さんも着いてきてるようだ。
六本木ヒルズの方面に進み、二人は美術館に寄った。
西洋画、日本画、現代アート、書道作品をひたすら見たのだった。
青年が、
「俺、この絵けっこう好きだなぁ」
と、じっくり見るように言った。
その作品はスリランカの女子高生が描いた絵だった。
くすんだ複雑の色をした茶色の小鳥が雨に濡れている絵だった。
「けっこう個性的な絵が好きなんだね」
と、優作が言うと、
「絵の事は良くわからないけど、なんかこの絵は吸い込まれような魅力を感じる」
と、照れくさそうに青年は言った。
横で雨子さんも、真剣な表情でその絵を眺め、どこか淋しそうな目をしながらぼんやりと見ている。
美術館をでて、俺たちは地下鉄に乗り、新宿に戻って喫茶店に入った。
外は相変わらずの大雨で止む気配もない。
「雨止まないね」
と、青年はアイスコーヒーを飲みながら言った。
「梅雨だから仕方ないよ」
「でも雨は嫌いじゃない、むしろ好きだよ」
青年は黄昏れるように窓の滴る雨を眺めながら言う。
別れた恋人も雨が好きだった。
恋人の1Kのアパートで二人でいつも雨を眺めてはキスをし、缶ビールを飲んでいた。
あの頃の何とも言えないとろけるように溶けて消える感覚が幸せだった。
でも、恋人はもう自分の所には戻って来ない。
いつかそういう日が来る事は頭の四隅にしまっていたが、いざその日が来ると、息ができないほど悲しくなる。
本気で彼の事を愛していた…。男同士の恋愛が長続きしない事は分かっていたのに、分かっていたのに…。
優作がそのようににぼんやり考えていたら、青年が
「大丈夫?」
と、心配そうに聞いた。
「あぁ、ちょっと考え事してた」
「この後、映画見ない?」
と、青年が言った。
「あぁ、いいよ」
優作は弱々しい声で言う。
青年に連れられまま、バスに乗った。
新宿よ映画館の場所とは全然違う方向なに行ってるようだ。
「どこの映画館?」
と、青年に聞いたら
「俺の家」
と、青年はにっこり笑った。
「初対面だよ!?」
「いまさら気にするの?だって今日半日二人で行動してたのに」
青年はカラカラ笑ったように言う。
雨子さんも後ろの席でニヤニヤしながら揶揄ってるような視線を送っている。
そうしている間に早稲田に着いた。
雑多な細い道が多く、学生向けのアパートが多い地域だ。
「ここ」
と、青年が言い、古びたクリーム色の外観をしたアパートに入った。
「おじゃまします」
優作は弱々しい声で上がった。
「狭いけど我慢してね」
と、青年は言い、グラスに麦茶を注いだ。
青年は部屋の電気を消し、リモコンを操作し、さっそく映画をつけた。
イタリアの美しい少年同士の儚い恋模様を描いた映画だ。
なんとく最初から感じていたが、青年はおそらく俺と同じ、同性愛者だろうとは思っていたが、優作の中でいま確信した瞬間だった。
雨子さん、優作、青年、この狭い空間でひたすらこの映画を見ていた。
この作品は見た事があるが今の優作にはとても辛い作品だ。
優作は感情移入し、涙を流してしまった。
青年はそれに気づき、優作の顎に手を添えて、ティッシュで涙を拭いた。
「大丈夫?」
「うん、ごめん涙が…」
青年は両手で優作の頬を優しく持ち上げ、唇にそっとキスをした。
優作は驚いて固まってしまった。
今まで人生全てが絶望的に感じていた優作にとって何もかもが忘れられるような出来事だった。
「ごめん…」
と、青年が言う。
「大丈夫だよ」
「キスまたしてもいい?」
「うん」
青年と優作は再び数分間キスをした。
久しぶりに幸福な気分になれたのはいつぶりだろうか。優作は再びとろけて消えてしまう感覚を味わった。
雨子さんは微笑みながらスッと離れて、玄関の方向に行った。
優作は服を脱ぎ捨て、青年の背中に手を回し、ベッドに押し倒し優しくキスをし、青年を抱いた。
外はもう真っ暗だった。
優作と青年はシャワーを浴びて、服を着た。
「もう、雨やんだね」
青年が言う。
「ホントだ」
と、優作は服のシワを伸ばしながら言う。
「梅雨ももうすぐ開けそうだね」
と、青年は残念そうに言った。
「良かったらLINE交換してもいい?」
と、優作は恥ずかしそうに青年に聞いた。
「もちろん!嬉しいです」
と、青年は照れたように言い、俺たちはLINEを交換した。
優作は青年に見送られながら夜のネオンが光る大通りを歩き駅まで歩いた。
「じゃあ、またね!」
と、青年は言い、優作にハグした。
「また会おうね」
と、優作は言い、青年の唇にキスをした。
優作は今日の出来事を体いっぱいに感じながら電車に揺られるのだった。
最寄りの駅の改札を出て、地上に上がった街はひと気が少なく静かだった。
優作は自宅に到着し、風呂も入らず下着だけの格好でベッドに寝転がり、気を失うように眠ったのだった。
アラームが鳴っていつも通り朝の七時に起きた。
ベッドから起き上がり、カーテンを開けると今日も雨が降っているが、雨子さんの姿が見えない。
いつもなら雨が降っていれば雨子さんはどこからでも現れ、蓮花茶を飲んでいる。
優作は雨子さん探すように窓を開け、ベランダに出たら、手すりに1匹の雨に濡れたツグミが止まっていた。
ツグミは優作の事をジッと見つめ、しばらくして空に羽ばたいてしまった。
優作はそのツグミを見届けるように空をぼんやり眺めているると、後ろからLINEの通知音が鳴った。
「おはよう」
と、青年からだった。
優作は微笑みながらLINEの返信をし、キッチンに向かい、インスタントコーヒーを作りながら、仕事の準備を始めた。