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7話目もよろしくお願いします!
スタートヽ(*^ω^*)ノ
今回は少し長いです。
初めてキスを交わした次の日。
朝の満員電車に揺られ、
押されて、流されて、
体力も気力もごっそり削られたキヨは、
出社するなりデスクに突っ伏していた。
「……むり……」
かろうじて聞こえるくらいの声で呟いた瞬間、
すぐ横からぱっと明るい声が降ってくる。
『おはよー!キヨくん!』
反射的に顔を上げた瞬間、
視界いっぱいにレトルトの笑顔が広がった。
――近い。
昨日の記憶が、
スイッチを押されたみたいに一気に蘇る。
唇の感触。
吐息。
あの距離。
一瞬で体温が跳ね上がり、
キヨは慌てて視線を逸らした。
「お、おはよ……/////」
声が妙にかすれて、
自分でも分かるくらい挙動不審になる。
そんなキヨとは対照的に、
レトルトはいつも通り――いや、
いつも以上に機嫌が良さそうだった。
『今日も電車地獄やったん?』
「……うん、もう最悪。」
くすっと笑うレトルトの声は軽くて、
まるで昨日の出来事なんて
特別でもなんでもないみたいに自然だった。
その余裕が、
なんだか悔しくて、ムッとしてしまう。
(俺だけこんなに意識してんのかよ……)
胸の奥がむずむずして 落ち着かない。
始業のチャイムが鳴り、
キーボードの音や電話の声が
一斉にフロアを満たしていく。
資料の山、
飛び交う指示、
いつもと変わらない慌ただしさ。
だけど――
ふと顔を上げると、
少し離れた席から
レトルトがこちらを見ていた。
目が合った瞬間、
ふっと優しく笑う。
その一瞬だけ、
周りの雑音が遠くなった気がした。
(……ああ、やばいな)
胸の奥がじんわり温かくなる。
昨日と同じ世界のはずなのに、
どこか少しだけ色が変わって見える。
こうして、
少しだけ特別になった日常が、
今日もまた慌ただしく始まった。
お昼のチャイムが鳴り、
オフィスのざわめきが少しだけ緩む時間。
いつものように、
キヨとレトルトは屋上に上がっていた。
暖かく吹く風が頬に当たり心地よい時間。
しばらくは、
いつも通りの何気ない会話だけが続いた。
仕事の愚痴。
朝の電車の話。
どうでもいいニュース。
だけど、
キヨの胸の奥では、
ずっと言葉が渦を巻いていた。
箸を置いて 小さく息を吸う。
そして、意を決して口を開いた。
「レトさん」
その呼び方に、
レトルトがぱっと顔を上げる。
「今日から……1週間、プレイ無しにしてほしい」
空気が、止まった。
レトルトの表情が一瞬で固まる。
目を丸くして、言葉を失ったままキヨを見つめる。
『……え?』
理解が追いつかない、という顔。
数秒の沈黙のあと、
堰を切ったように言葉が溢れた。
『なんで? なんでなん?』
『俺なんかした?』
『体調悪い? 無理させてた?』
矢継ぎ早の質問。
その声は、明らかに焦っていた。
キヨは視線を逸らし、
手の中のペットボトルをぎゅっと握る。
重い沈黙が続き、やっと言葉を絞り出した。
「ごめん、今はまだ言えない」
はぐらかされた答えに、
レトルトの肩がわずかに落ちる。
風が吹き抜け、
フェンスがカタンと鳴った。
しばらく黙ったまま、
レトルトはキヨを見つめていたけれど――
やがて小さく息を吐き、
無理やり笑った。
『……わかった』
声は明るく作られていたけれど、
その奥に隠しきれない寂しさが滲んでいた。
『言いたくなったら教えてな?俺、待ってるから』
その一言に、
キヨの胸がきゅっと締めつけられる。
(ごめん)
心の中でだけ呟く。
屋上の空はいつもと同じなのに、
二人の間だけが、
少しだけ遠くなった気がした。
レトルトは「待つ」と言った。
ちゃんと笑って、いつも通りの声で。
でも――
心の中はまったく“いつも通り”じゃなかった。
どうして。
なんで急に。
頭の中で、同じ言葉が何度も回る。
俺なんかしたんかな。
嫌われた?
いや、そんなはずない。
キヨの表情を思い出す。
あの優しい目。
あの少し照れた笑い方。
絶対俺のこと好きやん!!
だって言われたし….
ちゃんと、言葉で。
パートナーになってって。
じゃあ、なんで?
考えれば考えるほど、
答えは出ないのに不安だけが増えていく。
仕事中も、
資料の文字は目に入っているのに意味が入ってこない。
同僚に話しかけられても、
ワンテンポ遅れて返事をしてしまう。
気付けば、
頭の中は全部キヨだった。
――仕事終わり。
本当なら、
「帰ろ」って声をかけて、
並んでエレベーターに乗って、
いつもの道を歩くはずだった。
でも今日は違った。
レトルトが席を立って
キヨの方を見た瞬間――
キヨは、
まるで逃げるみたいに
さっとカバンを掴んだ。
そして振り向きもせず、
足早にオフィスを出ていく。
『え?……キヨくん?』
呼ぶより先に、
背中は人混みに消えていた。
ぽつん、と取り残される。
さっきまで人の気配で満ちていたフロアが、
やけに広く感じた。
胸の奥が、じわっと痛む。
(……避けられてる?)
そう思った瞬間、
一気に不安が現実味を帯びてくる。
笑って「待つ」なんて言ったくせに、
本当は全然余裕なんてなかった。
帰り道。
隣にいるはずの人がいないだけで、
こんなにも静かになるなんて。
街の音が遠く感じる中、
レトルトはポケットに手を突っ込みながら歩いた。
『……なんでなん?』
小さく漏れた声は、
夜の空気に溶けて消えていった。
そんな日が数日続き、 レトルトはぐったりと机に突っ伏したまま大きく息を吐いた。
吐き出した空気に、ここ数日分の疲れと不安が全部混ざっている気がする。
プレイをしていないことによる身体のざわつきも確かにある。
けれど、それ以上に胸の奥を締め付けているのは——キヨに距離を置かれているという事実だった。
レトルトの頭の中は、ただ一人の名前で埋め尽くされていた。
(なんでやろ……)
自分でも情けないと思いながら、額を腕に押し付ける。
仕事の資料は開いたまま、ページは一向に進まない。
そんなレトルトの背後で、椅子がきしむ音がした。
「おい、レトルト」
低く落ち着いた声。
振り返らなくても分かる。
同僚の牛沢だ。
牛沢もレトルトと同じsub性で、一緒にいて居心地良い存在だった。
「お前最近変だぞ。どうしたんだ?」
その声に、レトルトはゆっくりと顔を上げた。
いつもの軽口も、作り笑いも出てこない。
視線だけが頼りなく揺れて、ぽつりとこぼれる。
『キヨくんに……避けられてる』
自分の口から出た言葉は、思っていたよりずっと弱々しくて。
言った瞬間、胸の奥がじんわりと痛んだ。
「え?なんで?お前なんかしたんだろ〜笑」
冗談めかして肩をすくめる牛沢に、レトルトは一瞬だけ目を細めて——弱々しく笑った。
『ははは、そうかも』
自分でも分かるくらい、笑い方がぎこちない。
いつもなら、
「してへんわ!」
と即座に言い返すはずのレトルトが、否定もせずに曖昧に笑う。
その違和感に、牛沢の表情がすっと変わった。
(……あ、これ冗談じゃねぇやつだ)
空気がほんの少しだけ重くなる。
牛沢は椅子の背にもたれていた体を起こし、レトルトの横顔を覗き込んだ。
「……マジでなんかあったのか?」
レトルトは視線を机の上に落としたまま、指先でペンを転がす。
カチ、カチ、と小さな音だけがやけに響く。
『….分からん』
ぽつりと落ちた声は、驚くほど素直だった。
『急に距離置かれて……理由も教えてくれへんし』
喉の奥が詰まるのを誤魔化すように、少しだけ笑う。
『俺、なんかしたのかなぁ…』
その言葉を聞いた瞬間、牛沢の眉がわずかに寄った。
冗談で済ませられる空気じゃない。
牛沢は一瞬言葉に詰まった。
いつもなら軽口のひとつでも叩けば、レトルトはケロッと笑う。
でも今日は違う。明らかに、いつもの軽さじゃ届かない。
それでも黙っているわけにもいかなくて、
少しだけ声を張った。
「だ、大丈夫だって!キヨにもなんか事情があるんだよ!」
自分でも分かるくらい不器用な励まし。
けれど、黙って落ち込ませておく方が性に合わない。
「今日飲みに行こうぜ!俺が奢ってやるからさ!な!」
勢いをつけるように言いながら、
ポン、とレトルトの背中を軽く叩く。
レトルトは少し驚いたように目を瞬かせて、
それから小さく笑った。
『うっしーの奢りとか珍しいやん。じゃあ….行く!』
冗談めかした口調に戻ってはいるけれど、
声の奥に残る沈んだ色は消えていない。
それでも牛沢は、わざと明るく頷いた。
「珍しくねーだろ!!まぁ、こういう時くらい頼れよな!」
『全然頼りにならん!笑』
レトルトはくすっと笑って、
さっきまで机に落としていた視線をようやく上げた。
『うっしー、ありがとな』
心強い同僚に感謝を込めてレトルトは小さく呟いた。
牛沢は少しだけ照れくさそうに鼻をこすりながら、
「ほら、さっさと仕事終わらせるぞ。美味しい酒を飲むためにな!!」
とわざとらしく言う。
レトルトは「はーい」と返事をしながら、
胸の奥に溜まっていた重たいものが、ほんの少しだけ軽くなるのを感じていた。
一方その頃——
キヨは、胸の奥に溜まった重たい感情を抱えたまま、いつもの屋上には行かず 会社の近所に小さな公園のベンチに座っていた。
昼下がりの柔らかい光。
子どもたちの笑い声。
穏やかな景色とは裏腹に、キヨの心はひどく落ち着かなかった。
弁当の蓋を開けても、
味なんてほとんど分からない。
箸を動かしながら、
頭に浮かぶのは同じ顔ばかりだった。
(レトさんのこと、傷つけてるよなぁ……)
胸の奥が、きゅっと痛む。
(ずっと無視してるし……連絡も返してないし)
ポケットのスマホ。
通知は見ているのに、返信はしていない。
既読のまま止まったトーク画面が、
まるで責めてくるみたいで、
見るたびに息が詰まりそうになった。
「はぁ……」
大きくため息を吐いた、その時だった。
「よ!キヨ!」
聞き慣れた低めの声が、背後から落ちてくる。
「ここで飯食ってんの珍しいな!」
キヨが振り返ると、
ラフな笑みを浮かべたガッチマンが立っていた。
「ガッチさん……」
少しだけ驚いた声。
ガッチマンは隣にどさっと腰を下ろし、
キヨの顔を横から覗き込む。
「顔色悪いぞ。ちゃんと食ってるか?」
その視線は優しいけれど、
どこか核心を突いてくるようで、
キヨは思わず目を逸らした。
「まぁ……うん。」
曖昧な返事。
自分でも分かるくらい覇気がない。
ガッチマンは少しだけ間を置いてから、
静かに言った。
「そういえば、最近レトルト元気ないぞ」
その一言が、
まるで胸の奥に直接触れられたみたいに響く。
キヨの手が、わずかに止まった。
風が吹いて、
公園の木々がさわりと揺れる。
逃げ場がなくなったみたいに、
キヨの心臓がゆっくりと速くなる。
「……そう、なんだ。」
絞り出した声は小さかった。
ガッチマンは空を見上げたまま、
あえて軽い口調で続ける。
「まぁ、あいつ分かりやすいからな。 キヨ絡むと特に」
冗談みたいな言い方なのに、
言葉の奥にはちゃんと気遣いがある。
しばらく沈黙が落ちる。
遠くでブランコのきしむ音。
誰かの笑い声。
その何気ない音が、
余計にキヨの胸のざわつきを際立たせた。
「なんかあったのか?」
ガッチマンは、いつもの少し低い声でそう言って、
キヨの横顔を覗き込む。
「話、きくぞ?」
その視線はまっすぐで、
責めるでもなく、ただそこに寄り添うような優しさを帯びていた。
キヨは一瞬、言葉を探すように口を開きかけて、
けれど結局、曖昧に視線を落とした。
「……いや、別に」
自分でも分かるくらい、
説得力のない声だった。
ガッチマンはその様子を見て、
ほんの少しだけ目を細める。
(あぁ、これは何かあるな)
そう悟ったけれど、
無理に踏み込むことはしない。
代わりに、軽く伸びをしてから
いつもの調子で言った。
「キヨ、今日ちょっと飲みに行かないか?」
キヨが顔を上げる。
「なんか飲みたい気分でさ。付き合えよ!」
あくまで軽く、
まるで自分のわがままみたいに。
その言い方に、キヨは一瞬だけ目を丸くして、
そして小さく笑った。
(ほんとは俺のためなんだろうな……)
自分の気持ちを晴らそうとしてくれてるのに、
それを悟らせないように、
“自分が飲みたいだけ”って顔で誘ってくる。
そういうところが、
ガッチマンらしい優しさだと、
胸の奥がじんわり温かくなる。
キヨは少しだけ肩の力を抜いて、
小さく頷いた。
「……行く」
その声は、
さっきよりもほんの少しだけ軽かった。
ガッチマンは満足そうに「よし」と笑い、
立ち上がって背伸びをする。
「じゃあ決まりな。仕事終わったら迎えに行くわ」
軽い口調。
でもその一言に、
逃げ道を作らない優しさがちゃんと滲んでいた。
キヨはそんな背中を見ながら、
胸の奥でそっと思う。
(ガッチさんには……話してみようかな)
まだ全部は言えない。
けれど、
少しだけなら——
夕方の約束が、
重たくなっていた心に、
小さな逃げ道みたいに灯っていた。
続く