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「起きるププ!」と呼びかけられて初めて『その者』は自身の存在に気が付いた。


何? という意思は呼びかけられた者の言葉ではなかったが、呼びかけた者には届いた。


「起きると言ったのププ。君が起きなきゃ話は始まらないのププ」


何が何だか分からない。ここはどこなの?


「ここはどこでもないのププ。場所という概念の外にあるのププ」


分からない。何を言ってるの!


「うむむププ。話にならないので少しちょっと待つププ」


光が灯り、初めて闇の中にいたのだと気づいた。光は広がり、銀の野原が広がった。空は桃色で、色とりどりの靄が行きかっている。白い東屋がまるで初めからあったかのように鎮座し、腰掛に小さな白い獣が座っていた。足の長い兎のような、耳の長い猫のような、尻尾の長い熊のような外見だ。

紫の瞳でこちらを見つめ、見つめられている自分の体が相変わらず存在しないことに『意識だけの存在』は気づく。


「どうププ? メルヘンププ」


わたし、どうなってるの?


「どうもなってないププ。本来あるべき姿に過ぎないのププ」


それに、自分が誰なのか分からない。


「それはそうププ。君は何者かだったし、これから何者かになるわけだけど、まだ何者でもないのププ。名前もなければ姿もないププ。それは転生して初めて決まることププ」


でもあなたには姿があるし、自分が何者なのか分っているように思えるけど。


「ププはププマルププ」


ププマルププは何者なの? ここで何をしているの?


「ププマルププじゃなくてププマルププ」


? ……ププマル?


「そうププ。ププは世界と世界の橋渡しみたいなものププ。とくにこの仕事、この役割に名前はないけど、案内人というか管理人というか、ププ」そう言って小さな白い獣ププマルは腰掛の上に立ち上がった。「本来はただ行く末を眺めるだけの簡単なお仕事だったのだけどププ。ちょっとまずい事になったのププ」


まずい事?


「そうププ。それは誰かだった君にも関係あることで、誰かになる君にも関係してほしいことなのププ」


話してみて。


「何から話せばいいかププ。ププは話すのが得意じゃないからうまく言えないかもしれないけどププ。数多の空想に彩られたあるノートにまつわる出来事ププ」


ノート? 何かが『肉体を失った魂』に引っかかった。自分の魂にもかかわるような重大ごとのような、焦燥感に襲われる。


「別に責めるわけではないのププ。ただ、その少女は生まれつき魔法に満ち満ちた存在だったのププ」


ププマルは腰掛の上を右往左往している。

続けて。


「でもその魔法は世界に受け入れられることはなかったのププ。何せその世界には魔法が存在しないはずだったのだからププ。だから少女は無意識に魔法と空想をノートに詰め込んでいたのププ。それだけなら良かったのだけどププ。そのノートは死んでしまったのププ」


ノートが死ぬの?


「言葉の綾ププ。その世界から失われたということププ。そしてその大いなる力、大いなるノートは別の世界に転生したのププ」


ノートが転生するの?


「言葉の綾ププ。もう一つの問題はその転生した先の世界が魔法に溢れた世界だということププ。これはとてもまずいことなのププ。影響が計り知れないのププ。場合によっては、ぶっちゃけ滅ぶププ」


ノートで世界が滅ぶの?


「ノートはそれだけの力を秘めているのププ。でもあくまで力に過ぎないのププ。とはいっても使い方次第では恐ろしいことになるププ」


その世界を滅ぼしかねない、と。それでわたしに何を言いたいの?


「魔法の溢れる君に、同じ世界へと転生して、そのノートの回収をお願いしたいのププ」


じゃあわたしも死んだんだね。


「うんププ。悲しいことだけど誰かだった君は川に流されてしまったのププ」


あんまり覚えてないから悲しくないかな。でも悲しんでくれてありがとう。


「何かププにできる事はあるププ?」


うーん。わたしの心の中はなんだかとっても清々しい感じで願いとか欲望のようなものは感じないね。はっきりした記憶もないし。


「そうだろうけど、何かないププ? 何でもいいププ。ある程度なら君の新たな人生を方向付けることはできるのププ」


そっかあ。じゃあ、前世のわたしが願うような生まれ変わりをお願いするよ。


「ププ? なるほどププ。ププに任せるププ。やってみるププ」


お願いね。

ププマルが立ち止まり、『これから転生する魂』に大きく手を振る。


「こちらこそお願いするププ。よろしく頼むププ」


ププマルが遠く、遠く離れ、銀の野原と桃色の空もまた遥か果てへと遠ざかる。ついにはその『存在』も存在を途絶えた。

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