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HUNDRED NOTE ― ホークアイズ IF
第1話 「物怪瑠衣を探してほしい」
ホークアイズの事務所。
午後の穏やかな時間。
「……暇だなぁ」
ソファに寝転がった瑠衣が、天井を見上げて呟いた。
「そうか」
机に向かっていた仁が、興味なさそうに返す。
「そうか、じゃないって!」
瑠衣が起き上がる。
「仁、なんか依頼ないの?」
「ない」
「じゃあ散歩!」
「一人で行け」
「冷たっ!」
瑠衣が頬を膨らませる。
その様子を見ていた杖道が、静かに口を開いた。
「瑠衣。仁を困らせるな」
「おっさんまで!」
「事実だろう」
「仁の味方すんなよー!」
「俺は誰の味方でもない」
仁が淡々と言う。
「お前たちが騒がしいだけだ」
「仁だって混ざってるじゃん!」
「混ざってない」
いつものやり取り。
いつものホークアイズ。
――瑠衣にとって、この場所は安心できる場所だった。
少なくとも。
自分が「どう振る舞えば怒られないか」を考えなくていい。
笑いたければ笑えばいい。
騒ぎたければ騒いでいい。
仁に突っかかってもいい。
杖道に甘えてもいい。
それが、瑠衣にとっては当たり前ではなかった。
幼い頃は違った。
――笑い方。
――座り方。
――歩き方。
――髪の長さ。
――服。
――言葉遣い。
何もかも決められていた。
「女の子らしくしなさい」
それが家での決まりだった。
少しでも男の子のような仕草をすれば、怒られた。
反抗すれば、もっと厳しくされた。
だから瑠衣は覚えた。
怒らせない方法を。
嫌われない方法を。
「いい子」でいる方法を。
それは、瑠衣が自分を守るために身につけたものだった。
そして今。
瑠衣はもう、その家にはいない。
だからこそ。
ここでは、自分の好きなように笑っていた。
「瑠衣」
「ん?」
仁が瑠衣を見る。
「扉」
アニオタちゃん
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るあ
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「え?」
コンコン。
ちょうどその時、事務所の扉が叩かれた。
瑠衣は立ち上がる。
「依頼人?」
「だろうな」
仁が立ち上がる。
杖道も続く。
扉が開いた。
そこに立っていたのは、四十代ほどの女性だった。
顔色が悪い。
何度も周囲を確認している。
「……ホークアイズの方ですか?」
「そうだ」
仁が答える。
「話を聞く」
女性は緊張した様子で中へ入った。
そして、椅子に座る。
「……人を探していただきたいんです」
「誰を?」
女性は一枚の写真を取り出した。
「この子です」
仁が写真を受け取る。
その瞬間。
瑠衣の表情が消えた。
写真に写っていたのは――
幼い少女。
長い髪。
女の子らしい服。
少しぎこちない笑顔。
瑠衣は、その写真を見つめていた。
「……」
仁が写真と瑠衣を見比べる。
「瑠衣?」
「……何でもない」
瑠衣は笑った。
けれど。
その笑顔は、いつものものではなかった。
女性が言う。
「この子の名前は、物怪瑠衣です」
瑠衣の指が止まる。
「……」
仁が女性を見る。
「物怪瑠衣?」
「はい」
「この子を探してほしい、と」
「そうです」
女性は深く頭を下げた。
「お願いします」
「理由は?」
「……この子は、昔いなくなったんです」
瑠衣は俯いた。
――知っている。
自分が家を出た日のこと。
全部覚えている。
忘れたことなんて、一度もない。
あの日。
瑠衣は家を出た。
逃げた。
女の子の服を着て。
長い髪のまま。
泣きながら。
けれど。
それでも。
自由になりたかった。
「最後に目撃された場所は?」
仁が尋ねる。
女性が答える。
「十年ほど前の――」
その言葉を聞いた瞬間。
瑠衣の中で、昔の記憶が蘇った。
――「男の子みたいにするな」
――「その髪を切るな」
――「女の子なんだから」
――「言うことを聞きなさい」
――「またそんな顔をして」
――「笑いなさい」
――「いい子にしなさい」
瑠衣は拳を握った。
「……」
仁がそれに気づく。
「瑠衣」
「大丈夫」
即答だった。
「何でもない」
仁は黙った。
女性が続ける。
「この子がどこにいるのか、分からなくて……」
「なぜ今になって探す?」
仁の質問。
女性は少し黙ってから言った。
「……あの家の人間が、また瑠衣を探しているんです」
瑠衣の顔から、血の気が引いた。
「……」
「家の人間?」
仁が聞く。
「はい」
女性は震える声で答えた。
「瑠衣の父親です」
――その名前を聞いた瞬間。
瑠衣は立ち上がった。
「……俺、帰る」
「瑠衣?」
「ちょっと外行ってくる」
「待て」
仁が呼び止める。
瑠衣は振り返らない。
「……今は、ちょっと無理」
それだけ言って、部屋を出た。
バタン。
扉が閉まる。
杖道が仁を見る。
「仁」
「ああ」
仁は写真を見る。
そして呟いた。
「……瑠衣は何か知ってる」
「そうだろうな」
「だが、今は追わない」
杖道が頷く。
「俺もそう思う」
その頃。
事務所の外。
瑠衣は建物の壁に背を預けていた。
「……最悪」
手が震える。
怖い。
その言葉が頭に浮かぶ。
もう終わったことだ。
何年も前のこと。
そう思っているのに。
身体だけは覚えている。
怒らせないように。
声を小さく。
姿勢を正して。
笑って。
「女の子らしく」。
瑠衣は自分の髪を触った。
「……もう、俺は自由だろ」
誰に言うでもなく呟く。
「俺は……」
その時。
背後から声がした。
「瑠衣」
振り返る。
仁だった。
「……仁」
「戻るぞ」
「……」
「話したくないなら、話さなくていい」
「え?」
仁は瑠衣を見る。
「ただ、一人で抱える必要もない」
瑠衣は目を逸らした。
「……仁ってさ」
「何だ」
「そういうところ、ずるいよな」
「何が」
「……何でもない」
瑠衣は笑った。
今度の笑顔は、少しだけ本物だった。
「戻ろ」
「ああ」
二人は事務所へ戻った。
しかし。
その夜。
ホークアイズの事務所の電話が鳴った。
仁が受話器を取る。
「ホークアイズ」
電話の向こうから、低い男の声。
『物怪瑠衣を探しているんだろう?』
仁の目が鋭くなる。
「誰だ」
『あの子は、女の子として生きなければならなかった』
瑠衣が振り向く。
『そうしなければ――』
男は言った。
『あの子は、生きていけなかったからな』
電話が切れた。
「……」
仁は受話器を置く。
瑠衣は何も言わない。
ただ。
その顔には、昔の記憶が浮かんでいた。
第2話 「女の子でいれば、怒られない」
夜。
瑠衣は眠れなかった。
ベッドの上で、天井を見る。
「……」
頭の中に、昔の声が蘇る。
『瑠衣』
『はい』
『座り方』
幼い瑠衣は慌てて足を揃えた。
『そう』
『……』
『女の子なんだから、ちゃんとしなさい』
『……はい』
『笑って』
『……』
『笑いなさい』
幼い瑠衣は笑った。
ぎこちない笑顔。
「……」
現在の瑠衣は目を閉じた。
「……もう、昔のことだ」
そう呟く。
でも。
身体は忘れてくれない。
物音がすると、反射的に肩が跳ねる。
大きな声を聞くと、身構える。
誰かの機嫌が悪そうだと、自分が何かしたのではないかと考える。
それは長い間、瑠衣が生きるために必要だった。
「……女の子らしくしてれば」
小さく呟く。
「怒られなかった」
それが全部だった。
好きだったわけではない。
嫌いだったわけでもない。
ただ。
そうしていれば、傷つけられずに済んだ。
だから。
瑠衣は「女の子らしさ」を覚えた。
言葉遣い。
仕草。
笑い方。
服装。
全部。
生きるために。
「……」
瑠衣は布団を握った。
その時。
コンコン。
扉が叩かれた。
「瑠衣」
仁の声。
「……仁?」
「起きてるか」
「起きてる」
扉が開く。
仁が入ってくる。
「眠れないのか」
「……ちょっと」
仁は瑠衣の向かいに座った。
「昼の依頼」
「うん」
「お前、知ってるんだな」
「……」
瑠衣はしばらく黙っていた。
そして。
「知ってる」
仁は何も言わずに聞く。
「俺、自分の過去……全部覚えてる」
「そうか」
「俺は昔、女の子として育てられてた」
「……」
「髪も長かったし、服も女の子の服だった」
瑠衣は苦笑する。
「笑っちゃうだろ?」
「笑わない」
仁は即答した。
瑠衣が少し驚く。
「……そっか」
「続けろ」
「うん」
瑠衣は息を吐く。
「俺の家ではさ」
一瞬、言葉が止まった。
「男の子っぽくするの、ダメだったんだ」
仁は黙っている。
「髪を切りたいって言ったら怒られた」
「……」
「男の子みたいな服を着たら怒られた」
「……」
「座り方が悪いって怒られた」
瑠衣は笑おうとする。
「だから覚えたんだ」
「何を」
「女の子らしくする方法」
「……」
「そうしてれば、怒られないから」
仁の表情が少し険しくなる。
「それで?」
「それで……」
瑠衣は自分の手を見る。
「失敗すると、叩かれた」
仁の目が細くなる。
「……」
「だから、ずっと気をつけてた」
「瑠衣」
「でもさ」
瑠衣は顔を上げた。
「家を出てからは、そんなことしなくてよくなった」
少し笑う。
「好きな服着てもいいし」
「……」
「笑い方だって自由」
「……」
「仁にだって普通に突っかかれるし!」
「それは前からだろ」
「そこは否定しろよ!」
少しだけ、いつもの瑠衣に戻る。
仁も僅かに口元を緩めた。
「それでいい」
「え?」
「今のお前でいい」
瑠衣は黙った。
「……仁」
「何だ」
「俺さ」
「うん」
「女の子として生きてきたけど」
「……」
「だからって、今の俺が女の子じゃなきゃいけないわけじゃないんだよな」
「そうだ」
仁は迷いなく答えた。
「お前がどう生きたいかは、お前が決めればいい」
「……」
瑠衣の目に涙が浮かぶ。
けれど、笑った。
「……そっか」
その時。
扉の向こうから声がした。
「二人とも」
杖道だった。
「入っていいか」
「おっさん?」
杖道が入ってくる。
「話は聞いた」
瑠衣が少し気まずそうにする。
「……聞いてたの?」
「途中からな」
「盗み聞きじゃん」
「聞こえただけだ」
「同じだろ!」
杖道は瑠衣を見る。
「瑠衣」
「……何?」
「お前はよく耐えたな」
瑠衣の表情が固まった。
「……」
杖道は続ける。
「もう、耐える必要はない」
瑠衣は俯いた。
「……おっさん」
「何だ」
「俺さ」
「うん」
「昔の俺を、嫌いになりたくないんだ」
杖道は黙って聞く。
「女の子らしくしてた俺も」
「……」
「怖くて何も言えなかった俺も」
「……」
「全部、俺なんだ」
仁が言う。
「ああ」
瑠衣は顔を上げる。
「だからさ」
瑠衣は笑った。
「これからは、自分で決める」
「そうしろ」
杖道が頷く。
しかし。
その直後。
机の上に置かれていた依頼資料が、一枚落ちた。
杖道が拾い上げる。
「……これは?」
仁が見る。
そこには、瑠衣の幼少期の住所。
そして、その下に――
現在の住所が書かれていた。
ホークアイズの事務所。
「……」
仁の表情が変わる。
「誰かが俺たちの場所を知ってる」
杖道も頷く。
「そのようだ」
瑠衣が立ち上がる。
「……俺のせいだ」
「違う」
仁が即座に否定する。
「お前のせいじゃない」
「でも――」
「違う」
仁は瑠衣を見る。
「これは依頼だ」
そして。
「俺たちの仕事だ」
瑠衣は拳を握った。
「……分かった」
その時。
事務所の外から――
カツン。
何かが落ちる音がした。
三人が振り向く。
仁が窓へ近づく。
外には誰もいない。
ただ。
地面に一枚の写真が落ちている。
仁が拾う。
写真には――
幼い瑠衣が写っていた。
その隣には、瑠衣の父親。
そして写真の裏には、こう書かれていた。
『瑠衣。お前はまだ、女の子でいなければならない』
瑠衣は写真を見つめた。
「……もう、違う」
小さく呟く。
「俺はもう、あの家の子じゃない」
仁が隣に立つ。
「そうだ」
杖道も続く。
「お前は、お前だ」
瑠衣は二人を見る。
そして。
今度こそ。
昔の誰かに向けるためではない。
自分自身のための笑顔を見せた。
「……行こうぜ、仁。おっさん」
「何処へ?」
「決まってるだろ」
瑠衣は写真を握る。
「俺の過去を、全部終わらせに行く」
――その頃。
暗い車の中。
一人の男が、ホークアイズの事務所を見つめていた。
「……見つけた」
男は呟く。
「物怪瑠衣」
その声には、執着にも似た感情が滲んでいた。
「今度こそ、逃がさない」
――第3話へ続く。
コメント
1件
ああもう、読んでて胸が締め付けられたよ…😭💔 瑠衣の過去がこんなに重いなんて…「女の子らしく」って言葉がどれだけ彼女を縛ってきたか、ひしひしと伝わってきた。 仁と杖道の「瑠衣は瑠衣だ」って受け止め方が、すごく温かくてじんときた…。 電話の相手の不気味さもヤバいし、続きが気になりすぎる!瑠衣が自分の過去とちゃんと向き合えるまで、絶対見届けたい…!🌸