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「皇太子殿下、妃殿下。このたびは遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます」
ラヴィエール領で出迎えてくれたのは、領主とその夫人。二人の後ろには、七歳ほどの少年と五歳ほどの少女が並んでいる。
「ほら。お二人にご挨拶を」
夫人に促され、兄妹が揃って頭を下げた。
「ようこそ、ラヴィエールへ!」
「ようこそー!」
少女が、胸に抱えていた淡い紫色の小さな花束を差し出す。
「これ、どうぞ! リュミエラっていうの! 」
「まあ。綺麗な花ですわね」
「あっ! それ、僕が渡すって言っただろ!」
「やだ! わたしが摘んだんだもん!」
「半分は僕が摘んだ!」
「お兄様は三本だけでしょ!」
「三本も、だ!」
「こ、こら! お二人の前で!」
領主夫妻が慌てて止める。私は思わず吹き出した。
「ありがとうございます。二人からいただいたことにしますわ」
「……申し訳ございません」
「いいえ。うちにも、もうすぐ四歳になる娘がおりますから」
隣を見ると、カイル殿下もどこか微笑ましそうに兄妹を眺めていた。
***
最初に訪れたのは、産業誘致特区の候補地。街の中心部から馬車で十五分ほどの、広い土地だった。領主が地図を広げる。
「本領でも、同じ制度を導入できれば、多くの工房を呼び込めるのではないかと」
「そのまま真似る必要はありませんわ」
「……と、申しますと?」
私は地図を覗き込んだ。
「ラヴィエールには、ラヴィエールに合った制度がありますもの」
ここには温泉があり、多くの観光客が訪れる。さらに、国境を越えたアウレリア王国との交易も盛んだ。
「外から工房を呼び込むだけでなく、この土地にしかない産業を育てるのも一案ですわ」
「なるほど……」
その横で、カイル殿下が地図の一点を指した。
「この道幅では大型の荷馬車が増えればすぐに混雑するな」
領主の表情が引き締まる。
「街道整備を進めるべきだ」
指先が、そのまま周辺の住宅地へ移る。
「工房が増えれば働く人間も増える。井戸や排水路など、生活基盤も見直した方がいい」
「誘致だけ先に進めれば、あとで街の方がもたなくなる」
領主が真剣な表情で頷いた。
***
その後、候補地の近くにある果樹園へ立ち寄った。腰ほどの高さの低木が一面に並び、小さな赤い実をつけている。
「こちらは、ラヴィエール特産のロゼリアベリーでございます」
果樹園の管理人が、熟した実をいくつか摘み取って差し出した。
一粒、口へ運ぶ。甘酸っぱい果汁が広がった直後、華やかな香りが鼻へ抜けた。
「まあ……とても香りがいいですわね」
「ありがとうございます。ただ、一つ難点がありまして……」
領主が少し困ったように笑った。
「日持ちがしないのです」
「加工は?」
「何度か試しました。瓶詰めやシロップ、焼き菓子などに。しかし火を通すと香りが飛びやすく、苦みも出てしまいまして……」
「なるほど」
だから、生のまま売るのが中心なのか。道すがら、ロゼリアベリーを売る露店を何軒か見かけたけれど、どこも生のまま売っていた。私は手のひらのベリーを見つめた。
「……それでは、旬を過ぎれば売れませんわね」
「おっしゃる通りです」
「でしたら――」
顔を上げる。
「味と香りを損なわずに加工できる方法を探してみてはいかがでしょう?」
「そんな方法が?」
「たしか皇宮には、食材の保存や加工にも詳しい料理人がいましたわよね?」
そう言って、カイル殿下の方を見た。
「ああ。保存魔石を扱う技師もいる。何人かこちらへ呼ぼう」
領主が目を丸くした。
「そこまでしていただけるのですか?」
カイル殿下が頷いた。
「技術が残れば、次からはこの領だけで作れるからな」
「ありがとうございます!」
「商品として売るなら、品質と衛生管理の基準も必要だな」
「商業ギルドにも協力してもらいましょう」
「アウレリアへ輸出する場合の規格も確認しておくべきだ」
「ふふっ。話が早くて助かりますわ」
「何年お前と仕事をしていると思っている」
領主が、私たちを交互に見て笑った。
「……お二人は、本当に息が合っておられますな」
「…………」
少しだけ、照れくさい。
***
その後も、職人街や商業ギルド、国境近くの市場などを視察した。そして二日目の夕方。最後の会談を終える頃には、空が茜色に染まっていた。
「以上をもちまして、今回の視察は終了となります」
ラヴィエール領主が深々と頭を下げる。
「いただいたご助言をもとに、計画を練り直してまいります」
「ええ。正式な案ができましたら、また送ってくださいませ」
「こちらでも確認しよう」
領主夫人が微笑んだ。
「明日からは、ぜひご夫妻でラヴィエールをお楽しみくださいませ。湖の朝焼けは、とても美しいのですよ」
「ありがとうございます」
私が答えるより早く――。
「ああ。そのつもりだ」
カイル殿下が答えた。
***
領主夫妻に見送られ、私たちは馬車でラヴィエール離宮へ向かった。湖沿いの道を走ること、しばらくして、木々の向こうに、大きな湖が現れた。夕日を映した水面が、金色に輝いている。
「きれい……」
思わず声が漏れた。その湖畔に佇んでいたのが、ラヴィエール離宮だった。白い石造りの、小さな宮殿。帝都の皇宮ほど豪華ではないけれど、そのぶん落ち着いて過ごせそうだ。
使用人に案内され、私は自分に用意された部屋へ入った。大きな窓の向こうには、夕暮れの湖が広がっている。旅行鞄を置き、カイル殿下と並んでソファへ腰を下ろした。
「…………」
領主邸でも、私たちは同じ寝室を使っていた。おやすみのキスをして同じベッドで眠る。朝になれば、おはようのキス。――ただし、そこまでだ。さすがに他人の屋敷だし、廊下には使用人たちの気配もあった。
(離宮に移ったし、さすがに今夜は……)
「ソフィア」
「は、はいっ!?」
「今日で仕事は終わりだ」
「ええ」
「明日からは、仕事ではない。夫婦の時間だ」
カイル殿下が、まっすぐ私を見つめる。
トクン。
妙に真剣な顔で何を言うのよ。
「わ、私たち、普段から夫婦でしょう?」
「そういう意味ではない」
「では、どういう意味ですの?」
「明日になれば分かる」
「なっ……!」
何なのよ、その意味深な言い方。
「今日はもう休め」
「え?」
「二日間、よく働いた」
ふっと目元を緩める。そして――。ほんの一瞬。額に、柔らかな感触が触れた。
「…………っ」
「では、俺も部屋へ戻る」
「……え?」
「おやすみ、ソフィア」
カイル殿下が、そのまま立ち上がる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいませ!」
「何だ?」
「…………」
――今日は一緒に寝ないの?
なんて。自分から聞くのは、ちょっと恥ずかしい。
「……それだけ?」
「何か期待していたのか?」
「し、してませんわよ!!」
カイル殿下の口元が、わずかに緩む。
「何ですの、その笑い方! なんかむかつく!」
「今日はよく寝ておけ」
「え?」
「明日から三日間、付き合ってもらうからな」
パタン。
扉が閉まった。
「…………」
静かになった部屋に、一人残される。
トクン。
また、心臓が跳ねた。
(何なのよ……)
(別に、期待していたわけじゃないけど!)
ソファのクッションを抱きしめる。
(明日から、一体何するつもりなのよ!?)
コメント
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お疲れ〜!第72話読了! 仕事パートと日常パートの振り幅が絶妙すぎるわ。領主の子ども達に花束もらって揉めてるシーン、可愛すぎてほっこりした(笑)そして視察でのソフィアとカイルの連携プレー、本当に息合いすぎ!仕事終わって「夫婦の時間」宣言からの、意味深な明日の発言…なんなん!気になりすぎて眠れないわ!!ソフィアがクッション抱きしめてる姿に完全に感情移入した。続き待ってる🔥