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静寂の森に、重い気配が漂い始めた。
セリオは足を止める。館の周辺に住み着いた穏やかな魔族の気配とは異なる、研ぎ澄まされた殺気が空気を震わせていた。
——これは、”狙われている”。
「……セリオ・グラディオン」
低く、冷たい声が闇の中から響いた。
セリオはゆっくりと振り返る。そこには一人の男が立っていた。
長身で痩躯。漆黒の鎧を纏い、禍々しい魔力を纏った大剣を肩に担いでいる。その姿を見た瞬間、セリオの記憶が鮮烈に蘇った。
「……ヴァルゼオ」
その名を口にした途端、背筋に冷たいものが走る。
目の前の男——ヴァルゼオは、かつてセリオを殺した魔族だった。そして、アンデッドとして蘇った後も、彼に刃を振るい、”二度目の死”を与えた張本人でもある。
そして今、何度目かも定かではない殺意を向けてきている。
「貴様はまだ生きていたのか」
セリオの問いに、ヴァルゼオは嘲るように微笑む。
「”生きていた”? 俺が? フッ……俺は貴様を殺すためだけに存在している。この世界のどこであろうと、何度蘇ろうと——貴様を斬る」
ヴァルゼオの手にした大剣が、紫電を帯びて鈍く輝いた。
「……ならば、問おう」
セリオは剣を抜く。
「なぜそこまで俺を殺そうとする?」
彼はただの”魔界の戦士”ではない。魔王の座を狙う者でもなく、忠誠を誓う者でもない。ただ”勇者を殺す”という執念だけで生き続けている。
ヴァルゼオの瞳には、深い憎悪が宿っていた。
「理由? 貴様が”勇者”だからだ」
一歩、ヴァルゼオが前に出る。その殺気に、空気が張り詰める。
「俺たち魔族は、貴様ら人間の勇者によってどれほどの同胞を殺された? どれほどの国が焼かれ、どれほどの命が無惨に散った?」
「……それが戦争というものだ」
「違う!」
ヴァルゼオの叫びが、闇を切り裂いた。
「俺は……貴様ら人間の正義に、奪われたんだ。家族を、故郷を、全てを!」
激昂するヴァルゼオ。しかし、彼の怒りの根源にあるものは単なる復讐ではない。
それは、勇者という”概念”への敵意。
セリオは、彼が”魔王の忠臣”でもなければ、”復讐を終えた後の未来”も考えていないことを悟った。
——ヴァルゼオにとって、”勇者を殺すこと”が存在意義そのものなのだ。
セリオは静かに剣を構える。
「ならば、俺を斬って何になる?」
「貴様が死ねば、それだけでいい」
刹那——ヴァルゼオが動いた。
地を蹴り、風を裂く速さで剣を振るう。その一撃はかつてセリオを斬り伏せたものと同じ、”確実に殺す”ための一撃だった。
セリオは、その太刀筋を見極め、寸前で身を翻す。
だが、ヴァルゼオの剣筋は変幻自在。躱したはずの一撃が軌道を変え、セリオの肩をかすめる。
「くっ……!」
斬られた瞬間、セリオは違和感を覚えた。
“魔力が奪われている”——?
「……気づいたか」
ヴァルゼオは不敵に笑う。
「俺の剣は、アンデッドの魔力を喰らう。”蘇った死者”にとっては、致命的な刃だ」
セリオは肩の傷を押さえながら、ヴァルゼオの剣を見据えた。
ただの斬撃ではない。”アンデッド殺し”として鍛え上げられた刃。
——今の自分は、生前とは違う。
剣技だけでは、この相手に勝てるかどうかわからない。
しかし——
「それでも、俺は倒れるわけにはいかない」
セリオは足を踏み込み、再び剣を振るった。
闇の森の中で、”勇者殺し”との死闘が始まった。