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イルネスの身体が魔力の炎に包まれる。眼前にある竜巻はヒルデガルドの大結界によって威力を大きく損なっており、止めるなら今しかない、と、さらに彼女の炎は大きくなっていく。
「確実に殺れるタイミングが良かったんじゃが、仕方あるまい」
やっとの思いで繋いできた希望を、ここで砕かれてはならない。勝機はただひとつ、眼前の災厄を振り払うこと。たとえ命を賭しても。
「焼き尽くす……我が威信にかけて。《デストロイ・フレア》」
瞬間、すべてを解き放つような勢いで、イルネスの肉体から噴き出した炎が竜巻に吸い込まれながら煌々と輝く。
「何をやってるのかしらねえ。そんなの、何の意味も──」
いまさら何をぶつけたところで止まるはずがない。そのためにクレイが彼らの戦力を削ぐのを待っていたのだから。そうディオナが余裕ぶっていた直後、竜巻の渦から小さな、なによりも強いひとつの輝きが、轟音と共に大爆発を引き起こして巨大な炎の柱をたてた。天をも突き破るほどの巨大さだった。
「うそ。いったい、どこにそんな余力が……!」
いくら威力が弱まっているとはいえ、それはイルネス自身も同じだったはずだ。決して打ち破られることのない絶望を色濃くした一撃が、たしかに焼き尽くされて、消滅した。圧倒的な火力を前に、掻き消えたのだ。
しかし、それはもろ刃の剣だった。
「イルネス、無事か!?」
たちあがって駆け寄ろうとしたヒルデガルドを手で制す。
「来るでない。今の儂に触れれば火傷する。完全に崩れるまで待て」
「は……? 何を言ってるんだ、完全に崩れるって……」
伸ばされた手が、指先から真っ黒になって、ぼろっと落ちた。砂でつくった体のように、イルネスの身体が徐々に散り始めたのだ。
「儂は、ぬしらの世界を一度は滅ぼそうとした身。奪った命の多さをみれば、こんなことで贖罪になるとは思わぬが……それでも少しは、役に立てたかのう。ミモネは泣かせてしまうが、仕方あるまい。これも覚悟のうえじゃからな」
暗い空をみあげて、ふと思う。──ああ、これが儂に相応しき最期か。これで誰かが一人でも、救われる未来があってくれ。我が体ひとつで、誰かが助かるなら、未来が繋がるのなら、安いものじゃ。
「じゃあの、ヒルデガルド。踏ん張れよ、ぬしらなら勝てる」
笑顔が、風に吹かれて、ヒルデガルドは、ただなにも言えず、伸ばした手をそのままに動けなくなった。頼りになる仲間を目の前で失ったのに、言葉が出てこない。まともに別れの言葉ひとつ残せなかった。
「アハハハ! ばっかじゃないの!? 命懸けで私の竜巻を防いだだけ! なんの意味もないわね、弱った大賢者一人くらい、私にどうも出来ないと思ったのかしら。無様ね、たったあれだけで消えちゃうなんて、あのイルネスが!」
高笑いがどこまでも耳障りだ。ヒルデガルドは杖を手に、ぼうっと立ち尽くすばかりで、動きもしない。ただ胸の内に憎悪が湧こうとしていた。
怒りを覚えることはあっても、恨んだことはない。だが、今は、冷静さを失いそうになるほど、どす黒い感情が渦巻いた。
「貴様だけは……貴様だけは消さなければ……」
魔力が少ないのに、血を吐こうとも、身が引き千切れようとも、ディオナだけは消滅させなければならないという怒りに支配されそうになる。だが彼女には抵抗するだけの余力がない。杖を向けても、込められる魔力は微々たるものだ。
「なあに、それ。ふふっ、馬鹿にされてるのかしら。そんなもので……勝てるわけがないでしょうがッ!」
撓った鞭が地面を叩けば、先ほどよりは小さいながらも高速の竜巻が発生する。威力は低くても、今のヒルデガルド相手には十分な殺傷力がある。それを、白い閃光が駆け抜け、その鋭い牙でばらばらに散らせた。
「……ちっ! さっきから邪魔ばっかり!」
立ちはだかったシャロムに、ぎりっと歯を鳴らす。彼はディオナにはまったく向き合わず、背にしたヒルデガルドに語り掛けた。
『呑まれるな、ヒルデガルド。さっきのを見れば何があったのかは分かるが、今は耐えろ。おまえだけが、今は頼りなんだ』
「わかっている……わかっているとも」
怒りと悔しさを抑え込んで、ヒルデガルドは杖を降ろす。
「だがどうすればいい。今の私ではディオナに勝てる手段は……」
『問題ない。おまえに限界があるのは最初から予見できていた』
振り向いて、シャロムはがばっとヒルデガルドをくわえる。
「……え? いやいや、なんで私をくわえ──」
彼女が尋ねるよりも先に、シャロムは走りだす。ディオナも突然のことにぽかんと口を開けて、ほんの数秒見送ってから、ハッと気付く。
「ハッ、行かせるわけないでしょうが!」
長く伸びた鞭がシャロムの足を絡めとったが、彼はとっさにくわえていたヒルデガルドを首都の外へ放り出す。
『走れ、ヒルデガルド! 俺が時間を稼ぐ、仲間が待ってるぞ!』
言われて起き上がったヒルデガルドが目を向けた先では、既に魔物たちの制圧にひと段落がついた者たちの姿。ほとんどはドラゴンロードであるベルムとガルムが瞬く間に葬ったのもあって、疲れは見えてこない。
彼女は理解して立ち上がり、駆け出した。シャロムがどうなるか、そんなのは分かっている。だが、繋がれたものをふいにしてしまうほうが、後悔するから。
「おおーい、こっちこっちー!」
「急いでくださいまし、ヒルデガルド様!」
彼女を呼ぶ声。魔塔の大魔導師たちが、こぞって待っている。誰もが元気そうに、希望に満ち溢れた表情で。──これが何よりの好機だ。そう解釈できるほどの活力。イルネスが繋いだものを、今ここで、自分が。
竜翡翠の杖を地面に突き立て、深呼吸をする。
「……すまない、皆。状況は色々と変わりつつある。たぶん、シャロムから聞いてくれているんだろう。──君たちの魔力を、私に託してくれるか」