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ゆゆゆゆ
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カジノの外れ。
人気のないバー。
灯りは落とされ、グラスの縁だけが鈍く光る。
チャンスはカウンターに肘をついていた。
飲んでいるわけじゃない。
ただ、そこにいる。
――来ると分かっているから。
扉が鳴る。
ゆっくりとした足音。
隣の席に、何の断りもなく座る気配。
「……随分、開けた場所にいるな」
マフィオソ。
チャンスは横目だけで見る。
「隠れる意味ねえだろ」
「そうか」
短い返事。
それきり、会話が途切れる。
だが――距離が近い。
何もしていないのに、圧がある。
チャンスはグラスを手に取る。
氷が鳴る。
「で?」
「何しに来た」
マフィオソは答えない。
代わりに、少しだけ身体を寄せる。
ほんの数センチ。
それだけで、空気が変わる。
チャンスの指が、わずかに止まる。
(近い)
逃げるほどじゃない。
だが――無視もできない距離。
「お前は」
低い声が、すぐ隣で落ちる。
「なぜ、逃げない」
チャンスは鼻で笑う。
「逃げる理由がねえ」
「あるだろう」
さらに、詰める。
肩が触れるか触れないか。
「私から」
その言い方。
まるで、
――逃げるのが当然だと言っているみたいに。
チャンスの眉がわずかに動く。
「自意識過剰じゃねえのか」
言い返す。
だが、少しだけ――遅い。
マフィオソはそれを見逃さない。
「揺れているな」
即座に、核心を突く。
チャンスの視線が、一瞬だけ逸れる。
「……は?」
「お前は、常に一定だ」
「だが今、違う」
淡々と。
観察結果を述べるみたいに。
「近づくと、反応する」
一歩。
完全に距離を詰める。
逃げ場がない。
チャンスの喉が、わずかに動く。
(……面倒くせえな)
このままでは、主導権を持っていかれる。
それだけは、避けたい。
チャンスはグラスを持ち上げる。
「……ゲームするか」
マフィオソの動きが止まる。
「ほう」
チャンスは軽く笑う。
「カードは飽きただろ」
グラスを二つ、指で押し出す。
「酒でやる」
カウンターに置かれる、ボトル。
「ルールは簡単だ」
氷を入れる。
カラン、と音が響く。
「交互に飲む」
「先に潰れた方が負け」
シンプル。
だが――逃げ場がない。
「イカサマは?」
マフィオソが問う。
チャンスは口角を上げる。
「好きにしろよ」
一拍。
「その代わり、俺もやる」
視線がぶつかる。
これはもう、賭けじゃない。
――意地の張り合い。
マフィオソが、グラスを取る。
「いいだろう」
低く、受ける。
チャンスもグラスを持つ。
「じゃあ――」
軽く掲げる。
「続きだ」
カチ、と音が重なる。
一口。
強い酒。
喉を焼く。
だが、表情は崩さない。
マフィオソも同じ。
沈黙。
ただ、飲む。
二口目。
三口目。
空気が、じわじわと変わっていく。
アルコールじゃない。
“距離”が、溶けていく。
マフィオソが、ふと口を開く。
「お前は、壊れないな」
チャンスはグラスを回す。
「壊したいのか?」
「いや」
即答。
「壊れるところを見たい」
チャンスの手が、止まる。
その言葉は、
あまりにもまっすぐだった。
「……趣味悪いな」
そう言いながら、
一気に飲み干す。
アルコールが、回る。
少しだけ、視界が揺れる。
(……ちっ)
想定より早い。
マフィオソが、それを見る。
「効いているな」
「気のせいだ」
即答するが、
今度はほんの少しだけ遅れる。
マフィオソが、さらに距離を詰める。
もう、肩は触れている。
逃げない。
逃げたくない。
だが――
揺れている。
「無理をするな」
低く、囁く。
耳元に近い。
チャンスの呼吸が、わずかに乱れる。
(……クソ)
主導権を、
持っていかれる。
チャンスはグラスを叩くように置く。
「まだ終わってねえだろ」
強く言う。
だが――
声に、わずかな熱が混じる。
マフィオソはそれを見て、
ほんの少しだけ笑う。
「そうだな」
グラスを持ち上げる。
「続けよう」
その目は、
完全に“捕まえに来ている”。
逃げ場はない。
だがチャンスは、笑う。
「上等だ」
もう一口、飲む。
喉が焼ける。
頭が揺れる。
それでも――
目だけは逸らさない。