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第160話:発売日の自爆営業〜ランキング至上主義と重い鈍器〜
「……上がれ! 上がるんだAmazonランキングぇぇぇ!!」
帯広のボロアパート、四畳半。
俺は三万円のゲーミングチェアの上で身を乗り出し、狂ったようにキーボードのF5キー(更新ボタン)を連打していた。
本日、ついに俺の泥臭い執筆の結晶――実録本『憧れるだけで何者にもなれなかった40歳ニート。VTuberになって若者に「おじさんのリアル」を語ったら、なぜかスパチャで月収100万を超えたんだが?』の全国発売日を迎えたのだ!
画面に表示されているのは、Amazonの『ノンフィクション・エッセイ部門』のリアルタイムランキング。
【第14位】
「くっ……! 14位だと!? 悪くはない……悪くはないが、俺が目指しているのはそんな生ぬるい順位じゃねえ! 『総合ランキング第1位』の栄冠なんだよォォ!!」
『無茶を言わないでください、ルシフェル様』
ディスコードの向こうから、我が社の鉄面皮経理・結愛(ゆあ)の冷淡な声が届く。
『新人著者のデビュー作が、発売初日にAmazon総合1位を獲得するなど奇跡に等しい偉業です。部門14位でも十分に大健闘ですよ』
「甘い! 甘すぎるぞ結愛! 1位を取って『Amazon総合第1位獲得!』という帯の文句を手に入れてこそ、本物のベストセラー作家だ!!」
俺は目を血走らせ、画面を睨みつけた。
どうすれば手っ取り早く、確実に総合1位の座を奪い取ることができるのか。
四十歳の擦り切れた脳細胞をフル回転させたその時――俺の脳内に、悪魔的かつ天才的な勝利の算段が舞い降りた。
「……待てよ?」
俺はにやりと口角を吊り上げ、ニヤニヤしながらキーボードを叩き始めた。
「Amazonのランキングアルゴリズムは、短時間での『注文集中度』で決まる……。だったら、俺自身が今すぐこの場で、Amazonで自分の本を【五百冊】一括注文すればどうなる……!?」
『……は?』
結愛の声のトーンが、一瞬で絶対ゼロ度まで急降下した。
「ふははは! これぞ勝利の裏技『自爆営業』だ!! 定価千四百円を五百冊買えば、総額七十万円! たった七十万円の投資で、Amazon総合1位という最強の肩書きが買えるんだよ!!」
俺はドヤ顔で胸を張り、三万円のゲーミングチェアを回転させた。
「しかもだ! この七十万円を、我が社『株式会社インフィニティ・ワン』の【広告宣伝費】として経費で落とせばどうなる!? 会社の利益を圧縮して来年の法人税を減らしつつ、Amazon1位もゲットできる! 完全なる一石二鳥! 俺は天才だぁぁぁ!!」
完璧すぎる自爆営業ロジック。
税金を減らし、本も売れ、ランキングも1位。
俺は己の閃きに酔いしれ、Amazonの『カートに入れる』ボタンにカーソルを合わせた。
しかし――
『……ルシフェルさん。恐ろしいほどの税法上の無知と、ガバガバな経理思考ですね』
AIアシスタントのジェミニ先生が、哀れみすら含んだ合成音声で呆れ返った。
「なっ……!? なんだよジェミニ先生! 広告宣伝費だろ!? 自社のPRのために自社関連本を買うんだから経費に決まってんだろ!」
『第一に、会社資金で社長個人の著作物を大量購入する行為は、税務調査において「売上のかさ増し(見せかけの売上)」および「社長個人への利益供与(役員賞与)」とみなされる可能性が極めて高くなります』
『役員賞与と認定された場合、その七十万円は損金(経費)として一切認められず、さらに法人税と所得税のダブルで課税されます』
「……えっ?」
俺の手が、ピタリと止まった。
さらに、ウェブカメラの向こうで結愛が冷酷な追い打ちをかける。
『第二に、仮に経費として認められたとしても、購入した五百冊の本は「使った経費」ではなく、会社の『棚卸資産(在庫)』として計上されます』
「た、棚卸資産……?」
『はい。本が手元に残っている限り、それは「資産」であり、売れて手放すまでは「経費(売上原価)」になりません。つまり、税金を減らす効果は【ゼロ】です。ただ会社の現金七十万円が消え、四畳半の部屋に五百冊のゴミの山(在庫)が積み上がるだけです』
「が、ガバガバだぁぁぁぁぁっ!?」
俺は頭を抱えて悲鳴を上げた。
経費で落として節税できるどころか、現金だけが消えて在庫の山と重加算税が残るという地獄の罠。
「だ、だが! 現金が減ろうが在庫になろうが、Amazon総合1位という栄光が手に入るなら俺は買うぞ! 押してやる! 注文確定ボタンを――」
『させるわけがないでしょう、この愚か者が』
バゴォォォォォォンッ!!!
「ブハァッ!?」
四畳半の空間に、重厚で鋭利な破砕音が響き渡った。
俺の視界が激しく揺れ、後頭部に凄まじい衝撃と重量感が突き抜ける。
あまりの衝撃に床に転がり落ちた俺の視界に入ってきたのは――
結愛が両手で固く握りしめた、出来上がったばかりの重厚な単行本『憧れるだけで何者にもなれなかった40歳ニート〜(実録本)』の【現物】だった。
「ひ……ひでぇ……出来立ての自分の本でフルスイング……!?」
『角(角川)の本だけに、角で殴るといい威力がでますね』
結愛は氷点下の瞳で俺を見下ろし、分厚い単行本をパンと手で叩いた。
『自分の見栄のために会社の無駄な在庫を増やし、税務リスクを冒すなど言語道断。自爆営業など1分1秒許しません』
「うぅ……だって1位が欲しいんだよぉぉ……っ!」
俺が頭を押さえて涙目で悶絶していると、PCのスピーカーからピコンピコンと連続で通知音が鳴り響き始めた。
『あ。ルシフェル様、Amazonの画面を見てください』
結愛に言われ、俺は這いあがってモニターを見上げた。
画面の中では、俺が自爆営業などしなくても、Amazonのランキングが狂ったような勢いで跳ね上がっていた。
【ノンフィクション部門:第1位】
【総合ランキング:第3位】
「な、なんだってぇぇぇぇー!?」
さらに、ヨモのYouTube配信のチャット欄には、海外リスナーからの熱狂的なメッセージとスパチャが殺到していた。
『SuperChat: $100.00 (I bought 10 copies of Boss’s book on Amazon JP!)(スパチャ100ドル:Amazon Japanでボスの本を10冊買ったぞ!)』
『SuperChat: $50.00 (Kindle version downloaded! Support from USA!)(スパチャ50ドル:Kindle版落とした! アメリカから応援してるぞ!)』
『SuperChat: $200.00 (Make him the #1 Author in Japan! LMAO)(スパチャ200ドル:奴を日本一の著者にしようぜ! 笑)』
海外のリスナーたちが、俺の「四畳半での悲惨なリアル」を面白がり、組織票(爆買い)を投じてくれていたのだ。
『おめでとうございます、ルシフェル様』
結愛が淡々とキーボードを叩きながら告知する。
『海外勢の爆買いにより、初版部数は即座に完売。編集S様から【即時重版(重版出来)】の緊急連絡が入りました』
「じ、重版出来ぇぇぇぇ!?」
俺は血の滲む頭を押さえながら、狂喜乱舞した。
「勝った! 自爆営業なんてしなくても、俺は本物のベストセラー作家になったんだ!! 印税がさらに倍増だぁぁぁ!!」
『はい。そして重版分の印税収入により、来期の会社の利益と個人の所得税がさらに跳ね上がることが決定いたしました』
結愛が冷酷な笑みを浮かべる。
『重版分の源泉徴収、および中間申告の追加納税手続きに入りますので、覚悟しておいてくださいね』
「結局また税金が増えるのかよォォォォォォ!!」
自爆営業を物理攻撃で阻止され、海外からの爆買いで図らずもヒット作家の仲間入りを果たしてしまった四十歳の底辺社長。
帯広の四畳半には、重版の歓喜と、さらなる税金の重圧に悶絶する社長の悲鳴が虚しく響き渡るのであった。
コメント
1件
いやー、今回も最高でしたね。「経費で落とせる!」からのジェミニ先生と結愛によるダブルツッコミ&税務講座、笑いながら膝叩きました。角(角川)で殴るのに「いい威力」って言う結愛、好きすぎる。自爆営業しなくても海外リスナーが爆買いしてくれる流れも気持ちいいけど、最後にまた税金の重圧が……永遠に続く社長と税金の戦い、このシリーズの真骨頂ですね。重版おめでとうございます、ゆうきさん!
ゆうき あきや
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