テラーノベル
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日曜日の昼下がり。待ち合わせ場所に現れた角名くんは、いつものジャージ姿ではなく、黒を基調とした大人っぽい私服に身を包んでいた。
「……遅い。5分待った」
「あ、ごめん……! 何着ていくか迷っちゃって」
私が申し訳なさそうに駆け寄ると、角名くんは私の服装を上から下まで、スキャンするようにじっと見つめた。
「……ふーん。まあ、悪くないけど。……もっと俺好みにしたい」
彼はそう言うと、私の手首を掴んで、駅ビルにあるセレクトショップへ強引に連れ込んだ。
「……これ。着替えてきて」
「えっ、これ? 私、こういう服着たことないよ……」
渡されたのは、いつも私が選ぶような明るい色ではなく、彼とお揃いのような、少し背伸びした黒のワンピース。
断る間もなく試着室に押し込まれ、着替えて外に出ると、角名くんはすでにスマホを構えて待っていた。
――カシャッ。
迷いのないシャッター音。
「……やっぱりね。似合うと思った。……向日葵、こういうのもっと着なよ」
「ええっ、恥ずかしいよ……」
「……いいの。俺が見るんだから。……これ、買い取ってあげるから、今日一日ずっとこれ着てて」
結局、私の着てきた服は紙袋に詰められ、私は「角名くん好みの女の子」として街を歩くことになった。
カフェに入っても、彼は自分のケーキには目もくれず、ずっとレンズ越しに私を見ている。
「……ねえ、向日葵。一口ちょうだい」
「え、いいけど……はい、あーん」
「……ん。……甘すぎ。……向日葵の方が、甘い」
さらりと恥ずかしいことを言いながら、彼はその瞬間も逃さず連写している。
「……これでよし。……今日のデートの写真、全部『専用フォルダ』に入れとくね」
「……もう、角名くん。写真ばっかり撮ってないで、ちゃんと私の目を見てよ」
私が少し拗ねて言うと、角名くんはゆっくりとスマホをテーブルに置いた。
そして、私の顔を両手で挟み込むようにして、至近距離で目を覗き込んでくる。
「……見てるよ。……レンズ越しじゃなくても、ずっと」
「…………っ、」
「……向日葵が俺以外のやつと出かけないように、……思い出、全部俺で埋め尽くしてあげる」
彼の瞳は、悪戯っぽく笑っているようで、その奥には決して私を逃さないという、深い執念が渦巻いていた。
休日という自由な時間さえ、彼のファインダーの中に閉じ込められていく。
私は、自分が着ているこの黒い服が、まるで彼に繋がれた見えない鎖のように感じられていた。
ガタン、ゴトンと規則正しい振動が、夕闇に包まれた車内に響いている。
慣れないヒールの靴と、一日中レンズを向けられ続けた緊張感。私はいつの間にか、隣に座る角名くんの肩に頭を預けて微睡んでいた。
「……ん……」
意識が遠のく中で、ふわりと頭を撫でられる感触がした。
いつもよりずっと優しくて、どこか躊躇いがちな指先。
「……向日葵、寝た?」
低い、囁くような声。
薄目を開けようとしたけれど、あまりの心地よさに体が動かない。寝たふりをするような形になってしまった私の耳元で、角名くんが小さく溜息をついた。
カシャッ、と。
聞き慣れた、でもいつもより静かなシャッター音が鳴る。
「……この顔。……俺しか知らないのに」
角名くんは私の肩を抱き寄せ、さらに自分の方へ引き寄せた。
彼のジャージとは違う、柔軟剤の香りが鼻をくすぐる。
「……偽装彼氏なんて、……本当は、どうでもいいんだよね」
突き放すような、自嘲気味な独り言。
「……誰かに取られるのが嫌で。……向日葵の視界に、俺以外の男が入るのが許せなくて。……だから、嘘ついて捕まえた」
握りしめられた私の手が、彼の体温でじりじりと熱くなる。
「……性格悪いよね、俺。……でも、やめられない。……このまま、ずっと演技だって言い張って、……君の全部を俺で埋め尽くしたい」
彼は私の頭に、自分の頬をそっと寄せた。
「……向日葵。……起きたら、また『偽装彼氏』の顔してあげるから。……だから、ずっと俺の隣にいてよ」
電車の窓に映る、眠る私と、私を愛おしそうに、でもどこか悲しげに見つめる彼。
シャッターを切る音はもう聞こえない。
「演技」という名の鎖で繋がれているのは、私だけじゃない。
彼自身もまた、その嘘の中に自分を閉じ込めているのだと、私は夢うつつの中で知った。
すず
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🏳️⚧️ちべ🕶️
コメント
2件
角名くんっっ、、 やっぱそうだよね✨️好きだよねー✨️