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シャワーを浴びる水音は、とうの昔に聞こえなくなったというのに、未だに健吾さんの姿は見えなかった。
『おいおい……。そんなにご褒美が、待ち遠しかったのか』
なんていう声が頭の中に聞こえてきたわけは、ちゃっかり全裸で待機しているせいかもしれない。
準備万端な理由としては、1秒でも早く彼を抱きたかったから。毎晩何度も抱いているというのに、こうして愛おしく想ってしまうのは、彼のことが好きで堪らないせいだと思う。
他に気になっていることといえば、ご褒美についてだった。
アッチの経験がまったくない僕と違って、経験豊富な彼がご褒美というからには、かなりすごいものを用意しそうな気がする。
(僕自身が健吾さんにできることが限られすぎていて、なんだか申し訳ないな――)
全裸で横たわっているため、直に布団の温かさが手伝って、うとうとしかけたときだった。部屋の照明がいきなり落とされたせいで、目をしっかり開けても、何も見えなくなってしまった。
「健吾さん?」
起き上がりながら声をかけたと同時に、勢いよく開かれたカーテン。外を明るく照らす街灯と一緒に、月明かりが優しく差し込んできて、それを煌めかせる働きをした。
「わっ……」
細身の躰を覆うプラチナブロンドが、月明かりを浴びてキラキラしているけれど、逆光のせいで表情はまったくわからない。だけど漂う雰囲気から、健吾さんが微笑んでいる様子が伝わってきた。
「夢の番人の姿に近づけてみたのだが、このカツラに似合わない、ものすごく不細工な顔を見せるのに、かなり勇気が必要だ」
「だから、部屋の明かりを消したんですか?」
「それもあるがおまえと逢っていたときは、いつもほんのり薄暗い感じだったんだ」
健吾さんが歩き出してこっちに近づいてくる、ほんの一瞬の間に、外の明かりが彼の姿をはっきりと映し出した。
確かに日本人の顔には似合わない、プラチナブロンドのカツラを被っているせいで違和感が拭えないのに、強い意思を表している目元に既視感があった。
(顔は違うかもしれないのに、なんとなく見覚えがある。どうしようもないヘタレ野郎の僕を、夢の中で助けてくれた人なんだな。こうして射竦めるように見つめられるだけで、躰の中が沸騰したように熱くなってしまうのは、この人を好きになったことを躰が覚えているからだろう。記憶のない恋をしたはずなのに、ふたたび健吾さんを好きになってしまったのは、まるで運命みたいに感じる――)
熱く疼く胸の内を再確認していると、バスローブを身にまとった健吾さんが、腰に巻いていた帯紐をするりと外すなり、僕の両手首に巻きつけた。
「えっ? な、なんで!?」
「ご褒美をくれてやると言っただろう」
「こんなふうに縛られたら、健吾さんを抱きしめられないですよ」
苦情を言ったというのに布団を捲り上げ、バスローブをその場に脱ぎ捨てて跨ってきた。
「おまえはそのまま、横たわっていればいい。やりたいことを言ってくれたら、そのとおりに動いてやる」
ふわりと笑った、健吾さんの顔が近づいてきた。背中を覆うプラチナブロンドがさらさら流れ落ちてきて、僕の周りを見えなくする。その感じが蜜事を隠すカーテンみたいに思えて、ドキドキがさらに加速していった。
「好きです、健吾さん」
唇が重ねられる前に告げた言葉で、健吾さんの動きがぴたりと止まった。
「敦士……」
唐突な愛の告白に困ったのか、目の前にある顔は照れた感じじゃなく、放心した表情に見えた。
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