テラーノベル
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重く気怠い体を引き摺りながら、楽屋までの廊下をやっとの思いで歩いていく。
「今日は阿部ちゃんと一緒の仕事、嬉しい」
「そう」
「一日中ずっとそばにいられる」
「うん」
隣を歩く蓮の表情は、宵のうちのそれとは打って変わって明るく、声にも溌剌とした調子があった。
夢の中で蓮と会うようになって、どのくらいの時間が経っただろう。
三週間くらいというところだろうとは思うが、それが正しいかについては、正直自信がない。
ありがたいくらいのハードスケジュールな仕事を終わらせた後は、歪んだひとときを蓮と過ごす。その繰り返しに、いつしか日付の感覚を持っておくことすら億劫に感じるようになった。
終わりの見えない日々を生きていられるのは、眠りたいと思える根源的欲求だけがかろうじてまだ残っているから。
人前だからと今だけは自由にさせてもらえている手で腰を抑えながら足早に歩みを進めると、無理に大きく踏み出した右脚の付け根あたりの筋肉が軋んだ。
早くみんなに会いたい。
そう思う己のわざとらしさに冷笑する。
みんなに会いたいのは本心だったが、これだけでは伝えたいことの全てを言い表せてはいないだろう。
一刻も早くみんながいるところに行って、蓮と距離を取りたい。
そう改めた言葉を深緑色に濁った水面に沈めると、ゴポ…ゴポ……と粘り気のある気泡の音が脳内に反響した。
「ねぇ聞いてんの?」
「っ?!ぃ、、ッ」
上の空で相槌を打つ俺を気に入らなかったのか、蓮は突然俺の手首を思い切り掴んで振り向かせた。
血の流れが止まってしまいそうなほどのその強い力に、自然と顔が歪む。
「いたい…れん、、やめて…」
「何考えてたの」
「ぇ…」
「俺話してるのに、なんで全然会話してくれないの?」
「…」
「俺以外のこと考えてたの?今一緒にいるのは俺なのに?」
暴力的なまでのその執着心に、頭を掻き毟りたくなる。
時間を経るごとに蓮に抱いていた恐怖心と戸惑いは慣れへと変化し、それはまた日々形を変えて、いつしか抑えるので手一杯なほどの怒りの感情が腹の中に渦巻くようになった。
それを蓮にぶつけても仕方がないということは、ちゃんと分かっている。
言及したところで、蓮の良く分からない理論でねじ伏せられることは容易に想像がつくので、こういう時は逆らわず、相手の望むものを手渡すふりをするのが最善策だと学んだ。
端正なその顔をぶん殴ってやりたい衝動をなんとか抑え込み、奥歯を一度強く噛み締めてから蓮に微笑んだ。
「蓮のこと、考えてた」
「……ほんと…?」
「うん」
嘘は吐いていない。
俺はいつだって蓮のことを考えている。
夢の中の蓮に恋い焦がれ、現実の世界の蓮から逃げる方法を四六時中探し続けているのだから。
俺はどんな時でも蓮のことを想っている。
「蓮、耳貸して?」
「ん?」
「…今日はどんな風に愛してくれるのかなって考えちゃってた、寂しくさせてごめんね?」
蓮の耳元で吐息混じりに囁けば、それはなんとも容易い。
上目で蓮の表情を伺うと、その目尻は満足げに緩んでいた。
あぁ、この目が大っ嫌い。
支配できた、満たせた、と狂気めいた達成感のようなものに溢れるこの漆黒の瞳がたまらなく憎たらしい。
そんな関係なんて、俺は何一つ求めてはいない。
この目と視線がかち合うたび、吐きそうになる。
逸らしたくても逸せないのは、蓮が嫌がるから。
後の自分を労わりたい気持ちだけを抱き締めて、迫り上がってくる液体を胃の中へ押し戻した。
週に一度のそれスノの収録は、いつでも楽しい時間が流れる。
今日もいつも通りに、短時間で覚えたダンスをしたり、自分で一からコーデを組んでは辛辣なダメ出しを受けたり、そんな一つ一つの出来事にみんなではしゃぐ。
「次は阿部だね、頑張って」
台本通りの順番で俺の出番が回ってくる。
袖の練習ブースへ移動しようとしたところで、舘様が背中を軽く叩いてくれた。
「ありがとう!」
マイクでは拾えないほどの小さな声だったが、他でもない舘様に励ましてもらえることが純粋に嬉しくて素直にお礼を言った直後、ふと佐久間と翔太を挟んで舘様の後ろに立っていた蓮の顔が目に入った。
蓮は、カメラが移動前の俺に向かっているのをいいことに、テレビの前では決してしてはいけないような形相をしていた。
その表情に背中が氷のように冷え固まっていくのを感じた。
蓮は、舘様の背中を、ただじっと睨みつけていた。
「ふにゃぁ、ちかれたぁぁあ〜…」
「今日きつかったわ…」
「ふふ、お疲れ様」
俺たちが楽しみすぎるせいで、 いつも通りに押した収録もようやく無事に終わり楽屋へ戻ると、佐久間と翔太が揃って畳のあるスペースへと寝転がる。
お互いがお互いに近寄ることをあんなに避けていたというのに、今では二人ともいつでもどこでも一緒に行動するようになったことに、改めて感動する。
「俺たちね、付き合うことになったの」
そう報告を受けた時は、天地がひっくり返るかと思ったものだ。
あれは久しぶりにメンバー全員で集まって、Youtube撮影についての会議をした翌日のことだっただろうか。
あの日、急にメッセージアプリで「今からご飯行こう!?話したいことあんの!!」と、佐久間から元気の良い誘いを受けたのだ。
「それは翔太に言いなよ…」と思いながらも個室居酒屋のドアを開けた瞬間、俺の目が勢いよく前に飛び出していくような錯覚を覚えたのが今も記憶に新しい。
佐久間の隣には、ちびちびと烏龍茶を飲む翔太が座っていたのだから。
自分の飲み物を頼むことすら忘れたまま、俺と向かい合うようにして座っている二人を呆然と眺めていると、佐久間は先ほどの言葉を述べた。
きっかけはどうあれ、知ってしまった以上は最後まで面倒を見るつもりだったので、思いがけない嬉しい知らせを受けては自分のことのように喜んだ。
十五回目くらいの「おめでとう」を伝えると、翔太は両耳に人差し指を突っ込んで「いい加減うるせぇ!」と顔を真っ赤にして怒った。
「みんなには内緒にしててほしい」と頼まれたので蓮には言わないでおいたが、今思い返せば、その日の夜も蓮は俺にずっとくっついていたような気がするというのは蛇足だ。
ーーあの日から、少しずつ何かが壊れ始めていたのかもしれない。
「…はぁ、疲れたな…」
「べ、、ちゃ……」
「ぁべ……ゃ…」
「阿部ちゃん!!!!!!」
「ぅぉ!?なに!??!!」
「もーっ!ずっと呼んでんのにーっ!」
「ご、ごめんね…、ぼーっとしてた。どうしたの?」
「それはこっちが聞きてぇよ」
「?」
佐久間と翔太に起こった最近の嬉しいエピソードと、ついでに出てきた蓮のとのことを思い返していると、頭の少し上にあった意識が佐久間の大きな声によって強制的に呼び戻された。
何か用があったかと尋ねたのに対して翔太がその先を繋げたが、その物言いには心当たりが全く無く、ただただ首を傾げた。
無意識に首を傾けてから「しまった」と思ったが、それは意外にも杞憂に終わった。
佐久間からのアクションが何も無かったからだ。
いつもであれば「あざとい警察です!」とかなんとか言って捕獲しにくるところなのだが、当の本人は気を遣うように眉根を下げて俺を見つめていた。
「阿部ちゃん元気無い、なんかあったの…?」
「え、特に何も無いけど…」
「嘘つけ。なんつーか、あれ、なんだっけ…あー出てこねぇ…佐久間なんつーんだっけ?」
「え“。俺に聞くの?…あ、あれかな、覇気?覇気じゃない?」
「おー、それだそれ。それがねぇよ」
「あはは…元気だけどな?」
突拍子なく投げかけられた質問に当たり障りのない言葉で返しても、当然二人とも納得したような顔にはならなかった。
言えたとして、どう伝えたらいいというのか。
ある日を境にして突然恋人がおかしくなった、なんて言ったところで信じてはもらえないだろう。
「阿部ちゃん、一緒に帰ろう?」
「あ、、うん…待ってて、支度終わったら行くから」
「うん、ゆっくりでいいからね」
「…、うん、ありがとう」
今でさえ、自分から離れたところで佐久間たちと過ごす俺が気に入らなくて、蓮はわざと声をかけてきたのだろうが、それだって表面的な部分には、どこにも歪みが見当たらない。
「…早くしてね……ここ、邪魔な人ばっかり。二人だけがいい」
「ッひ…、すぐ行くね…」
今日はこれで俺も蓮も仕事は終わりで、そのことを指し示しているのであろう表とは逆の反対言葉を耳元で囁かれれば、反射的に喉が上擦る。
蓮はそれだけ言うと戻っていったが、こちらの事情を何も知らない佐久間は「ラブラブだねぇ」などとまったりした声で感想を述べていた。
そんな甘いものなんて、俺と蓮の間のどこにも落ちてやしない。
佐久間と翔太だけでなく、誰に助けを求めたところで、何も変わりはしないだろう。
これ以上蓮と離れているのは確実にこの後に響くと直感し、帰り支度を進めながら佐久間たちとの会話に戻った。
「蓮待たせちゃってるから、そろそろ帰るね」
「俺たちにできることがあったらなんでも言ってね?」
「ありがと、でもほんとに何も無いから大丈夫だよ」
「そういうのができたら言えっつってんだって。それになんだかんだ言って、阿部ちゃんのおかげで今の俺らがあるし、恩返し的なもんしてぇんだよ」
「…俺、翔太になんかしたっけ?」
「わあーっ!?なんでもないよ!んまぁ、ホントなんかあったらいつでも言ってね。恩返しの前に俺たちメンバーなんだから、困った時はお互い様じゃん?ね?」
「ぁははっ、そうだね、ありがとう」
いつでもうるさくて騒がしい佐久間も、朝から晩まで子供っぽくて頑固な翔太も、こういう時だけは俺のお兄ちゃんになってくれるのが、くすぐったかった。
六人だった頃は俺が末っ子だったから、みんなからよくよく揶揄われては可愛がってもらったあの懐かしい日々が思い出された。
久しぶりに全身が甘露に打たれたような心地がしては、泣きそうになった。
「翔太、それは内緒にしとこって言ったじゃん…っ、阿部ちゃんはあのこと覚えてないんだから…」
「わり…そうだったな…」
小声で何かを話し込む佐久間と翔太の様子が少し気になりはしたが、焦る気持ちがその思考を振り切らせた。
二人に「ありがとう」と伝え、立ち上がる。
荒んでささくれ立った心に、佐久間と翔太からもらった硝子の小瓶に入った温もりを一粒垂らしてから、一歩、また一歩と歩みを進めていった。
蓮のいる方へと。
「ん、っは、ぁあッ、れ、ん…んんッ…!」
「なぁに?、っちゅ…ん、ちぅ…、ふ」
「もっと、、ァッ、はやく…っひぁんッ」
早く。
早く。
早く終われ。
もっと強くして。
今すぐトんじゃうくらいの熱でもっと犯して。
蓮の身体に喜ぶ肉体と、蓮の心を拒む魂とが悲しいほどに噛み合わない。
この腕も、この唇も、この形も、全部よく知っているはずなのに、全然知らない人に抱かれているみたいで、狂ってしまいそうになる。
歪んでいく。
壊れていく。
死んでいく。
俺の中にある大切な何かが侵されていく感覚が止まらない。
あと一ミリ。
なにかの拍子に触れた泡が、弾けて無くなってしまうような心許なさの中で、なんとかここに留まっていられているうちに、俺を手放して。
泡というものの中には何も無い空間だけがある。儚い膜に覆われたそれが弾けてしまった時、その空虚が壊された時、この泡は一体どこに消えてしまうんだろう。
俺は一体、どこに行ってしまうんだろう。
考えるのも恐ろしい。
だから、割れてしまう前に早く俺を解き放してよ。
会いたいのは、見つめ合いたいのは、触れたいのは、君じゃないの。
今すぐにでも、息ができるあの場所に行かせて。
そんなささやかな願いさえも蓮には届いていないようで、先程からもどかしいまでに優しく触れられてばかりで、気が触れそうだった。
これでは、いつまで経っても欲しいのものに手が届きそうに無くて、逸る気持ちが膨れ上がる。
「なんで…っ、れんっ、、ほしい…ッ」
こんなこと、正常だった頃にだって言ったことはない。
思ってもいない誘い文句に、我ながら反吐が出そう。
蓮はただニコニコと笑ったまま、俺の指先、胸、腿の付け根に口付けを落とし続けていて、その焦らすような仕草に腹が立った。
「待てない」と泣いて懇願するような素振りでその首にしがみつけば、蓮は俺の魂胆を見透かしたように鼻から笑い声を漏らし、嘘を切り裂く剣を俺に突き付けた。
「阿部ちゃん、お芝居上手だね?」
瞬間的に全身が冷え固まっていくのを感じた。
体が内側から震え出していく。
気付かれている。
形だけ示せていれば問題無いはずだった。
しかし、実際のところはそう簡単では無かった。
繕えていたはずのほつれに勘付かれていると自覚しては、逃げ場のない袋小路に追いやられたような気持ちになって、とめどない不安が次々に押し寄せる。
「な、何言ってるの…?」
最後の足掻きのように誤魔化してみても、蓮の嘲笑するような見下す目は何も変わらない。
「俺が気付かないと思った?」
「れ、れん…ちが、っ」
「阿部ちゃんはおバカさんだねぇ、俺なんでも分かるんだよ。阿部ちゃんのこと。なんでだと思う?」
「ぇ、ぁ…わかんな…ッ!?ぁ“あッ“!?」
今まで何度強請っても寄越してなどくれなかった蓮のその質量が、まだ硬く縮こまっている壁を突き破って、一息に押し入ってくる。
ギチ…と鳴る錆びの音を体の奥で聴き取ったあと、遅れて痛みがやって来る。
圧迫感と閉塞感、そして裂ける痛みに正直に潤んだ瞳を覗き込むと、蓮は人形のような冷たい笑顔で微笑んだ。
「阿部ちゃんのこと、愛してるから」
この動きにも、この空間にも、お互いにも、この部屋のどこにも滑らかなものなどないのだと思い知らされては、痛苦に滲んだ涙が一筋の線を描いてこめかみを伝った。
三度目の絶頂を迎え、しばしの休息が与えられる。
この僅かな時間くらいは一人になりたくて蓮に背を向ければ、その腕が不満げにこの体を引き寄せる。
「やめて。離して」
見破られているのなら、それはかえって好都合だった。
もし、あの頃の蓮がもうそこにいないのなら、抱き締めてもらってもなにも嬉しくはないのだから。
しかし、ずっと言ってやりたかった嫌悪の念を全面に出して拒絶を示しても、蓮はぴくりとも動かなかった。それどころか「ん〜?どうして?」とすっとぼけていて、その態度が俺を余計に苛つかせた。
「触らないで」
「やぁだ。離れない」
「気付いてるんでしょ?俺が蓮といるの嫌ってこと」
「うん。失敗しちゃったみたいだね」
「なら、もう…」
終わりにしよう、そう言いかけたところで、蓮が言葉を塞いだ。
今までの比にならないくらいの強い意志を持った芯のある声が、俺の鼓膜を揺さぶった。
「離さないよ。一生。何があっても」
「……は?」
「あは、「なんで?」って顔してる。手放すわけないじゃん。それが約束だからね」
「約束って、、なに……」
「俺はなにがあっても離さない。「離れない」なんてそんな生やさしいことしないよ。“絶対に離さない”。この先どう転ぶかは分かんないけど、結果的に阿部ちゃんが俺だけ見て、俺のことだけ考えて、俺だけに染まって、俺なしじゃ生きていけないようになりさえすればいいんだから」
「……俺の気持ちは…関係ないの…?」
「関係?うーん?好きとか嫌いとかってこと?それは別にどっちでもいんじゃない?だって、キライだって一つの気持ちでしょ?阿部ちゃんが俺を嫌いになっちゃったとしても、それは結局俺だけに向けられた感情なんだから嬉しいよ。「俺の場合は」だけどね。」
「…何、、言ってるの…?」
「え、ごめん、わかんなかった?好きを嫌いに置き換えるだけだよ。難しいことなんかなんにも無いよ?一番嫌いなのは俺、一番憎いのも俺、一番殺したい奴だって俺。優しい阿部ちゃんが誰かをここまで嫌がることなんてないでしょ?だからそういう意味では、俺が阿部ちゃんの最高で最低になれるんだよ。良くない?」
蓮の言っていることが一つも分からない。
言語として認識はできても、頭がその意味を理解することを拒んでいる。
こんなに淡々と、それでいてどこか興奮したように早口で知的に話す蓮に、違和感どころでは言い足りないほどの気持ち悪さを感じる。
ガタガタと震える唇に力を込めて、その勢いに気圧されてしまわないよう必死に抗う。
「何も良くなんかない。そんな歪な気持ちで蓮と一緒にいたくない。もう自由にして…疲れたの…っ…!」
「なぁんで分かってくれないのかなぁ…、体を繋げればいいってもんじゃないって分かったから、俺なりに俺の愛情を言葉で示してみたのに」
「こんなの愛じゃない…っ!!ただの支配でしょ?!」
「そうだよ?俺は阿部ちゃんを支配したい。所有したい。独占したい。その目も、手も足も、心も全部俺のものにしたい。愛してるから。それの何が悪いの?」
「こんな蓮、蓮じゃない。ねぇ、ほんとにどうしちゃったの。何があったの。俺が何かしちゃったの?前みたいな優しい蓮に戻ってよ、、俺、どうしたらいいの……っ、、教えてよ、、、」
蓮のスイッチのようなものを押した何かが無ければ、ここまで変わってしまうなんてことは、ないはずなんだと信じたかった。
そのきっかけが俺にあるのなら、治すでも取り戻すでも、なんでもするから打ち明けてと蓮の膝に額を擦り当てて縋り付くと、蓮は愉しそうに嗤って言った。
「これも、俺なんだよ」
と。
顎を掬われ、強く掴まれたまま唇に噛み付かれると、そのまま息も唾液も何もかも奪われた。
ぼやける思考の中でついに一つの答えに行き着くと、その拍子に何かが手にぶつかって、あの泡が音もなく弾けた。
「アベちゃんすき…っふ、はッ、ぁ、ッ、」
「っあ“…!、れん、、っ、れん、ッ…!」
空っぽの心で、失った恋人の名前をうわごとのように何度も呼ぶ。
「すき、すき、っ、、っん、ぅ、ぁっ、」
「ぁ“ん“ん“〜ッ!!ゃ、ぁ、ァ、ッん!」
何も感じない。
気持ちいとか、不快だとか、そんなものどこにも見当たらないのに、喉だけが壊れたように甘い声を上げる。
何も浮かばない。
好きとか、嫌いとか、憎いとか、愛してるだとか、そういったものが全部ありきたりに思えるのに、心が蓮の愛を求めて泣く。
まっさらになった伽藍堂の魂に、次々と新しいものが入り込んでくる。
絶望と虚無を通り越したその先で拾ったものは、絶念だけ。
もう欲しいものなど、何も無かった。
あの場所はきっと、ただの欲望が創り出した幻だったのだろう。
俺の願望が、都合良く綺麗に並べられていただけだったんだ。
だって、今俺の中を蹂躙している蓮も、「本当の」蓮だというのなら、そう思うより他に仕方がないじゃないか。
俺が知らなかっただけ。
俺が見ていなかっただけ。
優しいから好きだったわけじゃない。
宝物のように扱ってくれるから愛していたわけじゃない。
蓮だったから、好きだった。
蓮という人間の、その魂だったから愛した。
蓮という全てを愛したのは、紛れもないこの俺なのだから。
それは今までも、そしてきっとこれからも変わらない。
何かのきっかけで少し歪んでしまっただけなのなら、俺にできることは、俺がしてあげられることは、もうきっと、一つしかない。
その熱も、その闇も、その欲だって、全部飲み込んであげる。
いいよ、一緒にいよう。
このままずっと、そばにいるよ。
銀河の内側にある、あの真っ暗で何もない空洞の中に行こうよ。
星も塵も、何もない場所で二人きりなら、蓮も少しは安心できるでしょ?
蓮しか見えない。
蓮にしか見えない。
そんな、寂しくて、深く暗いところまで、二人で堕ちよっか。
ーー俺と、蓮だけのボイドまで。
迫り来る四度目の動物的な衝動に身を任せると、体が眠気を運んでくる。
今日もあの都合の良い夢を見るのだろうかと、絶頂を迎えてふわふわとした頭で僅かに思案していると、不意に天高く昇った月の光が視界の端に映るフローリングに反射しているのに気付く。
「そっか、今日が満月だったっけか」と心の中で呟きながら、舘様に言われた言葉を思い出す。
運命が変わるというのは、こういうことだったのかもしれない。
用心する前に何もかもが変わってしまった手前の能天気さを嘲笑いながら、蓮へ伝えた。
「死んでもいいよ」
言われたことの意味が分かっていないような表情で首を傾げる蓮を見つめていると、瞼が徐々に落ちてくる。
その動きに逆らわず、この身が焼けるほどに恋しく思っていたはずのあの夢へ無気力に向かおうとしていると、不意にどこからか聞き慣れた声が聞こえてきた。
「あなたにそんな顔は似合いませんよ、マスター」
重たい目をこじ開け、声のする方へ視線をやる。
その先にいたものに、俺も蓮も何と言うこともできないまま、ただただ四つの目を二人で驚愕のままに見開いた。
コメント
6件
どうなるどうなる!!!🫣🫣🫣🖤💚

え、まさか…
えー!!最後が気になる…!!続き楽しみにしてます!