テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「──っ」
怖くて両手で口を押さえて、堪えた。
大丈夫。
扉にも魔法障壁を付与したって、ルティが言っていたもの。
『すまないが、納屋ではアレの脅威から部下を守れない。ドアを開けて貰えないだろうか』
「……っ、できません」
『そうか。ではこちらも部下の命が掛かっているので、強行させてもらう! 守り手よ、その御手により閉ざされた花を開き給え──解除』
「!?」
「ぐるる」と珍しくハクが威嚇している。
硝子の砕けた音がした途端、ドアがタガタと揺れてアッサリと扉が開いてしまった。黒い外套を羽織った男たちが部屋になだれ込む。
「──ひっ」
剣や籠手に血が付いているのを見て、ハクをギュッと抱きしめる。
なだれ込んだ四人の中で、担がれた青年以外は未だ剣を握ったままで私に視線を向ける。敵意と怒りに満ちた目は、酷く淀んでいるように見えた。
「おい、さっさと毛布やら温かい物を出せ!」
「使用人風情が逆らうな!」
「──っ、それ以上中に入ってこないで」
「はあ? なにを偉そうな」
「痛い目見ないと分からないのか。……へへっ、躾が必要そうだな」
「……ああ、これは楽しめそうじゃないか」
下卑た笑みに心底、背筋が凍り付いた。
「ベルキ、チェフ! 止めないか。剣をしまえ」
(騎士風な見た目の男二人は護衛? 細身の青年と床で倒れている人は高位の貴族っぽい? でもこの敵意と嫌悪感を覚えるような眼差しはなに?)
訳ありなのかどうにもあまり柄の良い人たちではなさそうだ。ハクが小さく唸っているが、震えているのでそっと背中を撫でる。
(シロがルティに知らせてくれている。すぐに戻ってくれるわ。大丈夫)
「王子。俺たちの依頼は森の大賢者まで無事に送り届けること。契約はこれで履行した」
「そういうこと。つまり、この先のお楽しみは殿下には関係ないってことで」
「何を!」
王子と呼ばれる好青年は剣の柄に手を伸ばそうとしたが、傍に居た青年が吐血し、咳き込んだ。
「がふっ……がぁっ」
「──っ、エリオット! しっかしろ!」
(仲間割れ!?)
「それじゃあ、俺たちは俺たちで楽しませて貰うんで」
「帰りの道中で依頼が必要なら後で声をかけてください。安くしてあげますよ」
「──っ」
下卑た笑みにゾゾゾッと背筋が凍り付く。
今ならルティの過保護が身をもってわかった。この世界は法と秩序が機能していない場所がたくさんある。特に女性が一人だけの場合は危険だというのも。
怖い。
逃げないといけないのに、足が震えてその場に縫い止められたようだ。
「ベルキ、チェフ! 彼女は大賢者殿の」
「使用人風情ならすぐに代えが利きますよ!」
「そうそう。なんならすでに大賢者とだって──」
金髪碧眼の青年が静止するが、血走った目の二人は構わずに私にずんずんと近づく。
(怖い、でも……足が、怖くて動けない)
甲冑音。
血の付いた剣。
敵意。
あの日と同じ、誰も味方がいない。
誰も助けてはくれない。「生贄なのだから当然よ」といつかの幼馴染の声が届く。いざとなったら、辱めを受ける前に命を──。
『シズク』
彼の声が聞こえた気がした。
『もし、困ったことがあったら私の名前を呼んでください。……絶対に駆けつけますので。約束です。……絶対に我慢しないで頼って、私の名前を呼んでください。どこにいても必ず駆けつけますから』
脳裏に過ったのは、縋るようなルティの声だ。
ブリジットは最期の最期まで、あの方の名前を意地でも呼ばなかった。でも今は──。
「奧の部屋にベッドぐらいあるだろう、さっさと案内しろ」
「それとも痛いのが好きなのか?」
「…………けて……」
「あ?」
「助けて、ルティ!!」
その叫びにハクがボフンと消え、足下の魔法陣が生じた。次の瞬間私は誰かに抱き寄せられていた。
薬草の香りと温かな温もりに泣きそうになる。凄まじい風が部屋内に吹き荒れて「ぎゃ」とか「うげ」という声が耳に届く。真っ白な九つの尻尾は私を守るように寄り添い、腰に巻きついていた。
「結界が砕けて、眷族が慌てて現れたので急いで駆けつけてみれば、……ゴミが、なんのつもりだ?」
「──っ、ルティ!」
安心したくてルティに抱きつく。伝わってくる温もりと香りが現実だと教えてくれた。
「シズク……っ」
「ルティ、ルティ! ……っ、来てくれたっ……!」
「──っ、ええ。当然です」
不安も過去のトラウマもルティが洗い流してくれる。背中に回された手は大きくて温かい。じんわりと涙が溢れた。ルティ様は少しだけ機嫌が良くなったのか、私の頬にキスを繰り返す。
恥ずかしいけれど、今はこの甘やかす感じが安心する。
「遅くなってすみません。怪我は? 酷いことはされていませんよね?」
「──っ、はい。ハッ、ルティも怪我は?」
震えながらもルティに怪我がないか頬に触れる。ルティの美しいご尊顔は無事で、怪我も見る限りない。ちょっと頬が赤くなったぐらいだろうか。
「私は大丈夫ですよ。三日月竜が冬籠もりに失敗して癇癪を起こしていたので殴って捨ててきました」
「殴っ……物理!? ええっと……魔法とかではなく?」
「シズクが心配で、説得をすっ飛ばして黙らせるには、殴ったほうが早かったので」
「そ、それは……大丈夫です? あとでドラゴンに報復などは?」
「次はない──と言っておいたから、もう安心です」
「あ、はい……(生殺与奪はルティが握っている側なのね……ドラゴン相手でもすごい)……でも無事で、本当によかった」
安心したせいか力が入らずにルティに縋り付いた。そんな私を片腕で抱きかかえて、にっこりとしている。しかし私から視線を外した途端、笑顔が消えた。
「──で、この来訪者は、どうしたのですか?」
「(怖っ。ゴミって……)ハッ、そうでした」
私に迫ってきた二人組の男性は視界から消えており、何処にもいない。先ほどの風魔法で吹き飛ばしたのだろうか。部屋にいるのは金髪碧眼の貴族っぽい人と、床に倒れている青年だけだ。
「えっと……至急の頼み事があるとかで、納屋の提供をしたのですが王子だからとか、あそこだと被害に遭うとかで……」
「ああ、それでシズクが提案したのに、愚かにも屋敷の結界を解除したのですね」
パチン、と指を鳴らしただけで砕かれた結界が再構築していく。あまりにも一瞬だったけれど、逆再生したかのような速度だった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
#恋愛
#長編