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◻︎遥那の相談
『背筋を伸ばす、というより肋骨から下を伸ばすつもりで…肩の力は抜いて…』
ふむふむ。
ネットで見つけた、体に良さそうなストレッチをあれこれやってみる。
_____それにしても、硬くなってしまったなぁ
柔軟体操を本格的にやろうとしたけど、伸びない曲がらない。
いつのまにこんなに可動域が狭くなったんだろ?
使わないと頭も硬くなっていくのかなぁ?
せっかくの自分だけの部屋で自分だけの時間、有意義に使いたいのに、準備体操でこんなもの、トホホ。
ぴこん🎶
《お母さん?近いうちに時間ない?うちに遊びにおいでよ》
遥那からだった。
そういえば引っ越して1ヶ月以上も過ぎている。
〈遥那の都合に合わせるよ、パパの休みにしようか?〉
《パパはいいや、ちょっと話したいこともあるからママだけで》
〈あら、パパ、拗ねちゃいそう〉
《じゃあ、内緒にしといて》
〈いいけど……いつがいい?〉
《明日でも?》
〈おっけー、パートが終わってからだから3時過ぎかな?何か欲しいものあれば買っていくけど〉
《じゃあ、あのロールケーキが食べたいな》
〈承知しました〉
礼子がうちに買ってきてくれたロールケーキのことだ。
それにしても遥那が話したいことってなんだろ?
コンコンコン!
「礼子、私今日は帰るから、あとよろしくね」
「ほーい、私はまだやってく」
しっかり勉強してるみたいだ。
礼子の部屋をこの前見せてくれた。
学習机にテキストに、壁に貼られたいろんな暗記事項。
まるで受験生の部屋だった。
「秘密基地っぽくなーい」
「いいの!私が勉強してることは秘密だし。秘密の場所で秘密のランクアップ!!これがいいの。家だとさすがにここまではできないし、気が散るしね」
本格的に勉強をしている姿を見ると、うらやましくなる。
_____今日が一番若い、かぁ
この年になっても熱中して集中できるものがあるのが、うらやましい。
私も何かしたいんだけどなぁ。
次の日。
頼まれたロールケーキを買って、新婚(?)の遥那の部屋へ行く。
【503】の部屋には、別姓の表札があった。
「やっほー」
「お母さん、いらっしゃい」
「あら、いい部屋ね、新築だし」
「でしょ?廊下や洗面所が広いから、ゆとりがあるように感じるのよ。玄関入ってすぐが狭いと窮屈だし。そこも気に入ったとこ」
「お邪魔するわね」
「どうぞ。あ、スリッパ…」
「いらんいらん」
2人がけソファのあるリビングに通された。
まだ家具は必要最低限しか置いてないので、部屋にも余裕がある。
「ロールケーキ切ってくるね、紅茶?」
「ううん、あるなら麦茶で」
何もかもが新しい雑貨は、まだなんとなくこの部屋にも遥那にも馴染んでないように感じる。
新しいからかな?
「で?話したいことって?」
「うん、あのね…」
「なぁに?」
「他人と暮らすのって、難しいなぁと思って」
ん?まさかの出戻り予告?
「何かあったの?」
「うーん、これが!ということじゃないんだけどね…」
「晶馬君と喧嘩でもした?」
「喧嘩…というわけでもなくてね」
なんだか歯切れが悪い遥那。
言いたいことがまとまるまで待つとする。
「んー、やっぱりここのロールケーキは最高だよね」
「うん、美味しい。ね、ママが美味しいって言うもの、パパはちゃんと覚えててよくお土産に買ってきてくれるよね?」
「あ、そうだね。私より買い物好きだし、頼まなくても買ってきてくれることあるよ」
「そういうところかな?」
「え?」
遥那が何か思い出したように話し出した。
「パパとママ見てて思ったんだけど、喧嘩しないよね?」
「喧嘩?今はしないけど新婚当初はしたよ」
「そうなの?」
「理由はなんか、ちっちゃいことだった気がする。だっておぼえてないもんね」
「ふぅーん、子どもの頃からの記憶を辿っても、言い合いとかしてるの、見たことないと思ってたから喧嘩したことないのかと思ってた」
「そこまで円満夫婦じゃないけど、仲が悪いわけでもない」
「でしょ?さっきのお土産の話でもそうだけど。パパはちゃんとママの好きなものわかってて買ってきてくれるから、それはうれしいよね?」
「そりゃあね」
「でも、もし、嫌いなものを買ってきてくれたらどうする?」
「えーっ?そんなのその時じゃないとわからないよ。でも、いらないって言うかな?それは嫌いだからって」
遥那の口からふぅ!とため息が出る。
「それが、言えないんだよね、晶馬君に」
「そりゃ、まだ言えないでしょ?」
「うん、せっかく私のために買ってきてくれたのにって思うと申し訳なくて…」
「でも、嫌いなものだといらないし?」
「うん」
そんなことで悩むなんて、さすがにまだ新婚ってことかな?
「あのさ、遥那、もうとっくに銀婚式も過ぎたママからのアドバイスをあげよう!」
「うん、なになに?」
一呼吸入れる。
「ん、うんっ!」
咳払いを一つ。
「もったいつけてないで教えてよ」
「うん。あのね、晶馬君とゆっくり話せる時に、お互いの嫌いなもの苦手なものを打ち明けておいて」
「え?好きなものじゃなくて?」
「そう。仲良くっていうか、喧嘩しないコツは、お互いの嫌いなものや苦手なものを知っておくこと、できればそれが同じものだったらうまくいくと思うよ」
「お互いの好きなものを知ってる方がいいと思ってた」
「それもあるけど。好きなものって意外と変化していくものだし、気分によっても変わると思う。けどさ、嫌いなものって案外、変わらないものよ」
「あー、そう言われてみればそうかもしれない」
「でしょ?特に食べ物はそれがわかりやすいと思うよ」
「でも、パパはママの好きなものばかり買ってきてるじゃん?好きなものを知ってるからじゃないの?」
「違うよ、ママの嫌いなものを買ってこないだけだよ」
「そうなの?」
「そう。食べ物だったら、私が嫌いなもの以外を買ってきてると思うよ。もちろん好きなものもインプットしてあるだろうけど。雑貨とかだったら面白いけど安いもの。雑に扱っても腹が立たないものじゃないかな?」
遥那が私のキーホルダーを見た。
20センチくらいのリアルなマグロがついている。
この前病院の受付で、爆笑されたやつ。
「そういうことか。これなんか、ダサいってママ言ってたのに使ってるし」
「ダサい、イコールいらない、じゃないよ。こういうものに関しては、パパには褒め言葉だから」
「そうだね、たしかにパパ、そういうとこある」
「雑貨のお土産は特にね。高価なものはもらう方も気が引けるわ、なんか悪いことでもしたの?慰謝料?みたいに勘繰るし。しょうもないものだと、話のネタにもなるしね」
なるほどねと遥那がうなづく。
「最初に嫌いなものがわかっていて、それだけ避ければ、あとはそんなに気にしなくていいと思うよ。
好きなものは、お互い知らなくても自分でも買ってくるだろうし」
「ね、じゃあ、パパの嫌いなことをママは知ってるの?」
「うん、絶対にしないように気をつけてることがある」
「なに?わからない」
「ゲームの邪魔だけはしないようにしてる。それから仕事のゴタゴタは家に持ち込まない。どうしても話したいなら、できるだけ面白くなるように脚色する。脚色して考えてる間にゴタゴタを忘れてしまうから」
「ん?パパに関しては食べ物とかじゃないの?」
「食べ物?だって、ママはそういう買い物好きじゃないから必要ないし。パパは自分の好きなものを買うことが楽しみだから、自分で買って来ちゃうからね」
「ふーん、そういうものなんだ…」
「ちなみに、晶馬君の嫌いなものは?」
「えっと、あれ?なんだっけ?あ、チーズ、粉チーズがダメって言ってた、パルメザンってやつ?」
「他には?」
「なんだろ?わからないや、好きなものはたくさん聞いた気がするけど」
「ね?やっぱり一度、嫌いなものについて話しておいてみたら?それもできるだけ、真剣にじゃなくて、ゲームするみたいにね」
「わかった!うん、話してみる」
「人生、まだまだ長いよ、頑張れ!」
それから一緒に、ハンバーグを作った。
「でも、ママ、パパのオナラは嫌だよね?」
「かしこまったところではやめて欲しいけどね。もうあきらめてる。あれでもなかなか頼りになるんだよ」
それから、礼子のばあさんが居なくなって探してきてくれたことを話した。
「パパって、そういう不思議な勘みたいなものあるよね」
「うん、ママにはないとこ。割れ鍋に綴じ蓋?だね」
「よくわからないけど…お似合いだね」
遥那に言われて思った、私と夫は、お似合い夫婦なんだな。