――現実世界。
静かな部屋。
ないこは、ギターを抱えたまま、鏡の前に立っていた。
ないこ(心の声):「ヒビ……広がってる。何かが……出てこようとしてる」
カタカタ、と鏡の中の景色が微かに震えた。
だがその震えに合わせて、ないこの胸の奥でも何かが疼いていた。
ないこ:(……わかってる。“あいつ”が、いる)
声は、まだ出ない。
でも――音はある。
ないこはギターの弦を、指でそっとなぞる。
ポロン――。
その音に、鏡が共鳴するように光を放った。
ないこ(心の声):(……俺の音が、届いてる?)
*
――鏡の裏側。
闇ないこは、冬心と累の前に立ったまま、静かに目を閉じていた。
闇ないこ:「……来るな。オレの場所に、アイツが来るな……!」
累:「来ちゃうよ。“君”が呼んだから」
冬心:「そろそろ、決着の時だ」
鏡が、砕ける。
現実と深層が、つながる――
光と影が、交差する瞬間。
次の瞬間、ないこと闇ないこが、“鏡越し”に対峙した。
ないこ:(……あれが、“俺”)
闇ないこ:「……来んなよ。お前が来るたびに、オレは……オレは消えていくんだよ!」
ないこは、ギターを手に、一歩前へ出る。
ないこ:(……俺は、お前を消しに来たんじゃない。お前ごと、生きるために来た)
鏡のヒビが、音を立ててさらに走った。
闇ないこ:「ふざけんなよ……! いまさら、取り戻せるわけないだろ!」
ないこは、そっとギターの弦を鳴らす。
それは、たどたどしくも確かに、“ないこ”自身の音だった。
ないこ(心の声):(……これが、俺の“声”)
闇ないこ:「やめろ……その音、オレの中に残ってる……
思い出すんだよ、“信じようとした気持ち”を……!」
闇ないこが、頭を抱えて膝をつく。
ないこ:(お前は、俺だ。どこまでも俺だ。
だから、もう――)
ないこは、拳をゆっくりと鏡に添える。
ないこ:(――壊してやるよ、“境界”なんて)
その瞬間――
バァンッ!!
鏡が砕け、粉々になったガラスの中から、
“もう一人のないこ”、つまり闇ないこが、現実世界へと“出てきた”。
重なるふたつの影。
ないこ:(……ようやく、ちゃんと向き合える)
闇ないこ:「ふざけんなよ……! “お前”に、何がわかる……!」
ないこ:(わからねぇよ。だから、歌ってきた。ずっと、俺は)
ふたりの“ないこ”が、真正面から睨み合う。
今度は、逃げない。
今度は、自分自身を拒絶しない。
鏡はもう、ない。
次回――ついに、“ないこ”と“闇ないこ”の共鳴が始まる。
次回:「第二十九話:この声が届くまで、俺は歌う」