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第175話:労働は続くよどこまでも〜This is a Tax〜
世界は今、一人の日本人VTuber社長の快進撃に沸いていた。
『VTuber社長のリアル』はコミカライズ版のみならず書籍版も爆発的なベストセラーを記録。
海外翻訳版の出版が決定し、北米、ヨーロッパ、アジア圏のファンによる熱狂的な動画拡散とスパチャの嵐が連日連夜巻き起こっている。
俺の立ち上げた「株式会社インフィニティ・ワン」は、名実ともに世界進出を果たしたグローバル企業へと躍進を遂げたのだ。
法人口座の残高は、もはや画面を見るたびにゼロが増えていく次元に到達している。
だが——。
「う……ううう……っ……!!」
帯広の築古アパート、カビの匂いが漂う四畳半の真ん中で。
俺——秋谷雪(あきやゆき)、40歳は、涙と鼻水で顔をグチャグチャに濡らしながら、木目の剥げかけたどんぶりを抱え込んでいた。
どんぶりの中に盛られているのは、ツヤのない褐色のごま塩玄米。
そして、その横に添えられているのは、スーパーのタイムセールで半額になっていた120円のタクアン(3切れ)だけだ。
「なんで……なんで俺……数千万円も稼いだのに、今日も四畳半で冷えた玄米食ってんだよォォォ!!」
叫び声が、隙間風の吹き抜ける薄暗い部屋に虚しく響き渡る。
会社は世界進出し、本は大ヒット。
元自衛官、元介護士、元コールセンター職員、そしてどん底のナマポ(生活保護)から這い上がった俺は、間違いなく世間でいう「億万長者(の会社の社長)」になったはずだった。
しかし現実は——。
起業時に倒産を恐れてビビり倒し、自分の役員報酬を【月給10万円】に設定してしまった代償。
そして、日本の税法が誇る鉄の掟【定期同額給与】の呪い。
期首から3ヶ月を過ぎてしまった以上、来期の役員報酬改定時期を迎えるまでの残り数ヶ月間、俺が会社から受け取れるお給料は1円たりとも増えない。
手取り数万円の極貧生活。
法人の口座にどれだけ札束が積み上がろうと、それはすべて「会社の金」。
私的に一円でも引き出せば「業務上横領」あるいは「役員貸付金」として税務署の処刑台に送られる。
ボーナスとして受け取ろうとすれば「二重課税」で半分以上を国家にむしり取られる。
結果として俺は、タワマンに引っ越すこともできず。
高い焼肉に舌鼓を打つこともできず。
新しい服を買うこともできず。
この四畳半で、右に30度傾いた壊れかけの中古ゲーミングチェアに腰掛け、チビチビと玄米を噛み締める生活から「1ミリ」も抜け出せないでいた。
「焼肉食べたいよぉ……。カルビ……タン塩……せめて叙々苑とは言わないから、安楽亭のカルビランチが食べたいよぉ……!!」
『雪様。愚痴をこぼされているところ大変恐縮ですが、玄米の咀嚼回数が目標の30回に達しておりません。消化器官への負担を考慮し、しっかり噛んでお召し上がりください』
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레몬인
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そあち♡໒꒱
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なんたろ
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モニターの中から、結愛がどこまでも平然とした合成音声を響かせる。
「結愛ぁぁぁ! お前は悔しくないのか!? うちの会社にはもう家が買えるレベルの金があるんだぞ!? なのに社長の俺の今日の晩飯代、150円だぞ!?」
『何の問題もありません。法人のキャッシュフローは過去最高レベルで潤沢であり、無駄な役員報酬による社会保険料の流出も最小限に抑えられております。経営としては理想的なカチカチの防衛陣形です』
「俺の生活が防衛されすぎて貧困線を下回ってんだよ!!」
膝の上で丸くなっていた愛猫のヨモが、「文句を言わずに喰うニャ」とばかりに、俺の腕を肉球でペシペシと叩いてくる。
ヨモの足元には、会社経費(広告宣伝費)で落とされた最高級ニュージーランド産オーガニックキャットフードの缶詰が転がっていた。
「ヨモ……お前、俺の10倍くらい高いメシ食ってるな……」
ヨモは「フン」と鼻を鳴らし、毛づくろいを再開する。
社長である俺が一番貧しく、愛猫とAI秘書と法人口座だけが豊かな会社。
これが「法人成り」という制度の果てに辿り着いた、あまりにも残酷で、あまりにも間抜けな真実だった。
『雪様。そろそろお時間です』
結愛の無慈悲なカウントダウンが始まった。
『本日のメインイベント、北米および欧州リスナー向けの「スーパーボトム社長・定期生存確認ライブ」の配信開始1分前となります』
「あ……ああ……」
俺は涙を拭い、壊れかけのゲーミングチェアの角度を強引に直し、マイクの前に向かった。
法人口座に数千万円が眠っていようが、俺個人は月給10万円の貧乏おっさんだ。
来期の改定で役員報酬を上げられるその日まで、俺はこうして四畳半で配信をし、コールセンターの夜勤のように労働を続けなければ、来月の家賃すら払えなくなって倒れてしまうのだ。
「労働は続くよどこまでも……。稼いでも稼いでも、手に残るのは税金と規制の鎖だけ……」
俺はどんぶりに残った最後の玄米粒を口に放り込み、麦茶で流し込んだ。
「なんで俺、こんなに稼いだのに玄米食ってんだよ…… This is a Tax……(これが税金だ)」
ポロポロと目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
だが、画面の向こうには、俺の登場を今か今かと待っている世界中の数十万人のリスナーたちがいるのだ。
ピコン。
結愛の手によって、配信開始のランプが真っ赤に点灯した。
瞬時に画面を埋め尽くす、英語と日本語の嵐のようなチャット欄。
『SHOW TIME! SUPER BOTTOM BOSS!』
『社長ー! 今日もボロアパートから配信ありがとうー!』
俺はぐっと涙をこらえ、口角を無理やり引き上げ、プロの笑顔を作ってマイクに向かって叫んだ。
「ハーイ! みんなー! 世界一貧乏で、世界一法人口座にお金がある、スーパーボトム社長の秋谷雪だよー! 今日の晩ご飯も、最高に美味しい玄米だよー!!」
ワーッ!と画面上で爆発する、虹色のスーパーチャット(法人の売上)。
四畳半のボロアパートから世界へと響く、社長の悲痛で爽やかな叫び声。
税金と法律の罠に縛られた40歳社長の、終わらない労働と挑戦の物語は——これからも続いていくのだった!
コメント
1件
わあ、この回、めちゃくちゃ面白かったです…! 稼いでも稼いでも手元に残らない、税金と規制の壁に泣く社長の姿が切なくて笑えます。四畳半で玄米とタクアンの夕食、対する愛猫は高級キャットフードっていうギャップがたまらない。結愛の容赦ないツッコミも冴えてました。最後、配信に向かって笑顔を作るところに胸が熱くなりました。次回も楽しみです!