テラーノベル
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その夜は、ひどい雨だった。
屋根を叩く雨音が絶え間なく続く。
二人が身を寄せているのは、かつて小さな診療所だった建物の一室。
窓は板で塞がれ、外界と切り離されたような静寂があった。
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エリオットは眠りが浅かった。
だから気付いた。
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隣から聞こえる荒い呼吸に。
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「……っ」
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ピザガイだった。
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額には汗。
眉間には深い皺。
何かと戦うように拳を握り締めている。
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夢を見ている。
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いや。
夢というより。
思い出だ。
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過去。
軍隊時代の。
誰にも話したがらない記憶。
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「駄目だ……!」
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掠れた声が漏れる。
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エリオットの胸が痛む。
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昔、一度だけ聞いたことがあった。
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特殊部隊。
重火器兵。
作戦。
戦場。
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そして。
失った仲間たち。
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詳細は知らない。
ピザガイは語らなかった。
エリオットも無理には聞かなかった。
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けれど。
こういう夜があることだけは知っている。
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眠っているはずなのに休めない夜。
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終わったはずの戦場から帰ってこられない夜。
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「……ピザガイ」
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呼んでも返事はない。
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当然だ。
眠っているのだから。
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エリオットはゆっくり身体を起こした。
そして。
大きな手に触れる。
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固い手。
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傷だらけの手。
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武器を持ち続けてきた手。
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ピザを作るようになった手。
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そして。
何度も自分を守ってくれた手。
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エリオットはそっとその手を握る。
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すると。
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強張っていた指先がほんの少しだけ緩んだ。
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「大丈夫」
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小さな声。
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「ここだよ」
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返事はない。
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それでも。
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エリオットは手を離さなかった。
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夜は長い。
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雨も止まない。
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だから彼はそのまま隣に座った。
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握った手を頬に当てる。
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冷たかった指先が少しずつ温まっていく。
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まるで。
安心させるように。
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あるいは。
安心したかったのは自分の方かもしれない。
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何度も失いかけた。
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何度も。
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ルナティックに。
ゾンビに。
崩れる建物に。
銃弾に。
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それでも。
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その度に。
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この手が自分を掴んだ。
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離さなかった。
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だから今度は自分の番だ。
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エリオットは微かに笑う。
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そして。
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握った手を額に当てる。
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頬に当てる。
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大切なものを抱えるみたいに。
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夜が更けていく。
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いつの間にか。
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ピザガイの呼吸は少し落ち着いていた。
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険しかった表情も和らいでいる。
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エリオットはその様子を見届ける。
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それからようやく。
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ベッドにもたれたまま目を閉じた。
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手は繋いだまま。
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最後まで。
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朝。
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雨は止んでいた。
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薄い陽光が差し込む。
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ピザガイはゆっくり目を開く。
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数秒。
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状況を確認する。
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見慣れた部屋。
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見慣れた天井。
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そして。
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隣で眠るエリオット。
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手を握ったまま。
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ベッドにもたれかかるように眠っている。
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金髪が頬にかかっていた。
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その顔は少し疲れて見えた。
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一晩中起きていたのだろう。
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ピザガイは何も言わない。
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ただ。
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自分の手を見る。
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まだ温かかった。
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誰かの体温が残っている。
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その温もりだけで十分だった。
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何があったのか。
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何をしていたのか。
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全部分かる。
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エリオットは何も聞かない。
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無理に慰めもしない。
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ただ隣にいる。
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それだけだ。
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それだけなのに。
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救われる。
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ピザガイは小さく息を吐いた。
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そして。
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眠ったままの金髪を見つめる。
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起こさないように。
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本当に静かに。
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繋がれた手を少しだけ握り返した。
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言葉はなかった。
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けれど。
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その温もりだけで伝わることもある。
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少なくとも。
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二人には。
#雑談
青い人だぜ★
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コメント
4件
さっき一気見した!最高ですねあなた