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そういえば、私は魔王さまのことも、たいして知らないのだと気が付いた。
小さい頃はどんなだったとか、好きな食べ物とか、趣味とか得意なことなんかも。
「案外、人のことを何も知らないわね……リズのことも全然知らないし」
先に日常とはかけ離れた訓練やら色々があって、そうして心が繋がるような出来事があったから、その人の色々な「好き」を知らないまま好きになった。
目を凝らせばそれぞれの頭の上に、優しさか何かを測る『レベル』が見えるのも大きいだろうけど。
「なによ急にぃ。湯船に入ってから黙っちゃうから、サラの元の世界ではそういうものかと思って真似してたのに」
「え、なにそれカワイイ」
ママと温泉に行った時は、露天風呂だったからずっと空を眺めてたっけ。
「きゃわ……か、かわいいとか、そんなの、当然だし……」
「なになに~? リズってあまり可愛いって言われないタイプ?」
夜に入ったから周りは真っ暗。その分、星空が綺麗で。
洗い場の周りを照らす提灯型の光だけが頼りで、少し怖かったけど。
「び、美人系で攻めてたし、その方がリードしやすいから……」
「イイこと聞いちゃった。リズはかなり可愛いって」
ママも温泉の中だと、少女みたいにはにかんで、パパとの馴れ初めを話していた。
「ちょっと! か、からかわないでよね」
「そんなウブな反応されたら、リズじゃなくても可愛がりたくなるわね~」
魔王さまのために貞操守ってるとかもそうだったけど……褒められ慣れてない角度があるとか、素直だとか、リズは本当に可愛い人なのだ。
今だけで、彼女のことをいっぱい知れてしまった。
「これ、魔王さまに言わないでよ? どんな顔したらいいのか、わかんなくなっちゃうから」
こんなに顔まっ赤なリズを見るのも、初めてかもしれない。
「ふふっ。勝手になんて言わない言わない。でも、一緒に居たら言っちゃうかもだけど?」
「え? 一緒に居ても居なくても言っちゃダメだめよ! 恥ずかしいでしょ、ほんとにさ……」
絶対に言う。
言わないと損だよ?
「こんなに可愛い姿見せたら、魔王さまもほっとかないと思うけどな~」
「サラ……いつの間にか尻込みしなくなったわね。何か吹っ切れたっぽい」
赤い顔のまま、悔し気にじっと私を見つめる様子もかわいらしい。
「そりゃあまぁ、ねぇ……」
短い間に何度も命を狙われたり、裏切られたりしたせいか……逆に安心できる人には、甘えられるようになってきた。
「ふぅん? 正妻の余裕ってやつかしら?」
ちょっと違うかもしれない。
でも、それもあるかも?
ただ図太く楽しく生きてやろうって、そう思ったのは確かだけど。
あれ。図太く、だったっけ。
「ふふーん。愛のちからってやつね、きっと」
これは一番の、本当。
魔王特効という私の特性が、ちゃんと意味のあるものだったのは、とても支えになっている。
魔王さまのために、出来ることがあるということ。
今まではそれがなくて、ここに居てもいいのかなって、けっこう本気で悩んでいたから。
「さすよめだわ……」
「さすよめ?」
聞き慣れない、いやむしろ聞き慣れた感のある言葉。
「ええ。最近、王都では略すのが流行ってるのよぉ。さすがは嫁ね、ってのを略したのよ」
それ、合っているのだろうか。というか――。
「……どこの転生者が流行らせたんだか」
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