少し遡って…
マリア「はぁ…私本当に獣人なのかしら…」
マリアは青ざめた顔で、自分に問う。目を閉じ、深呼吸させているとマリアの耳がぴこぴこ動く。
マリア「…羽音…。そう、来たのね。」
マリアはのそりと立ち上がる。
マリア「まともに戦ったことは無いけれど…」
(虫くらいなら…大丈夫。私には牙があるんだから。)
マリアの予想通り、マリアの目の前には虫が来る。
虫「ギギュギュギュギャギャ」
マリア(あの悪魔と似た鳴き声だけど、板を引っ掻いた音のような不快感は少ない。これじゃ別個体か同個体かは分からないわね。)
マリアの思考を遮るようにして、虫は針をマリアの胸に向かって指す。しかし、その針がマリアの胸まで届くことは無い。その針は直前で動きが止められた。針はマリアの腕に捕まれ、為す術なくマリアに片腕で折られる。
虫「ギギュッ…!?」
マリア「ぐるるるる…」
マリアの低い唸り声が鳴る。
ネコ科獣人とイヌ科獣人にはある大きな違いがある。猫獣人には犬獣人のような強靭な力、いわば破壊力はない。しかし、犬獣人に無い身軽さ、動体視力を持っている。逆も然り。後から付いた筋肉というものは萎むことがあるが、生まれた時に必要とされた筋肉が萎むことは無い。マリアは戦えない。だが、生まれ持った力が個体差はあれど大きく変わることは無い。
マリアは体力が低く戦えこそはしないが、要は馬鹿力の持主だ。
マリアは次々と近付いてくる虫を無力化し、食いちぎる。虫達は恐れ慄いたのか、徐々にマリアから離れていく。悪魔は本能に忠実な生き物だ。悪魔の逃げようとした判断は生き物として、最適解だろう。しかし、イヌ科としての狩猟本能を刺激され続け興奮状態に陥っていたマリアは思考することなく迷わず追いかけてしまう。人間ですら、逃げられたら追いかけたくなってしまうのだから獣人の欲求は計り知れないだろう。
結果。
マリア「初めて来たわよこんな場所…。」
迷子になっていた。
マリア「…私、足を引っ張ってばっか。もう体力も限界だし…。…ベツが羨ましい…。」
そう言った後、マリアは縮こまってしまう。
マリア(私もベツみたいに…まともな、かっこいい戦い方が出来たら良かったのに…。)
マリア「守ってもらってばっかで情けないわね…。」
マリア「…もうまともに動けそうにないし、誰かが見つけてくれるのを待つしかないわね。」
(こんな時、発煙筒があればいいのだけど…アレは意味ないわね。緊急時に持ってることできないんだもの。)
マリア「開発した人にフィードバックでも送ろうかしら…。」
どれくらいの時間が経ったのか短かったのか、長かったのか。そんな簡単なことも体力を限界まで使い切った脳には分からなかった。
アリィ「居たよー!」
アリィさんの声が聞こえた直後、呻き声をあげながらジークさんも来る。
ジーク「ほんと…どうしてこんなとこに…」
どうやら出来すぎているので幻覚や幻聴ではなく、助けに来てくれたらしい。
マリア「助かったぁ〜!」
アリィ「どうしてこんな所に…」
マリア「虫を追いかけていたら…」
ジーク「いやそうはならんだろ。ここ崖だぞ。」
マリア「記憶がないわ…。」
アリィ「まぁ無事で良かったよ。シェルターまで守るから着いてきて。」
マリア「アリィちゃんはシェルターに避難しないの?」
アリィ「うん、まだやることがあってね。…ジーク言っても大丈夫だと思う?」
ジーク「マリアさんなら大丈夫だろう。」
アリィ「実はちょっと詳しい事は省いちゃうけど、悪魔に残党が居てね。それを倒さなきゃいけないから。」
マリア「ジーク君は…」
ジーク「シェルターの中には入らない。アリィを置いていく訳には行かないからな。…俺は反対したんだがな。」
アリィ「だって!」
ジーク「俺達は正義の味方じゃないんだ。お前の考え方はいい事だと思う。ただ、身を滅ぼしやすい。俺はアリィに死ぬことはもちろん、かすり傷の1つだってして欲しくないんだ。」
マリア「…あらまぁお熱い。」
マリアがんまっと口に手を当てる。その様子をみてジークは自身が何を言ったのかようやく理解して、顔を赤くする。
ジーク「ちがっ!そういうことじゃ…!ち、違ってはないけど…!」
アリィ「ほんと、乙女より乙女。」
マリア「あんな熱烈なアプローチを受けて、照れないなんて。」
アリィ「だって、私より良い人はたくさん居るもん。…私はね、好きだから嫌われたいの。それよりもマリアさん動ける?」
マリア「それくらいなら…よいしょっ…」
マリアは立ち上がろうとするが、一向に腰は動かない。
アリィ「マリアさん?」
マリア「ごめんなさい、おんぶしてもらっても大丈夫かしら。これ全く動けないわ。」
アリィ「全然構わないよ。」
ジーク「潔さはそっくり…。」
マリア「何の話?」
ジーク(ここはベツさんの為にも秘密にしておくか。)
「いえ、なんでもないです。」
アリィがマリアを背負いながら、ジークに聞く。
アリィ「これどうやって降りよう。」
ジーク「なんせ、崖だからな。おんぶ紐とかあれば楽だけど…」
マリア「研究所に息子用のはしまってあるけど、私のはないわね…。…?」
3人で会話をしていると、マリアの耳がぴこぴこと動き、音のする方へ視線を向ける。
ジーク「どうかしたか?マリアさん。」
マリア「何やら聞き覚えのある声が…」
アリィ「どれどれ…」
アリィが崖の下を覗き込むと、そこにはベツヘレムが居た。
アリィ「…口が動いているけど何か喋ってる?」
ジーク「マリアさん、なんて言ってるか…」
マリア「うーん…遠くて聞き取りづらい…。」
マリアが必死に崖の下に耳を寄せ澄ます。
マリア「…っあ!聞こえたわ!後ろ…?」
アリィ「後ろ?」
3人が後ろを振り返ると、そこには巨大化した虫が上空に飛んでいた。
ジーク「…っ!?」
(あの虫…!どうして気付かなかった…!羽音がしてない…いや、それより崖ー)
ジークの危惧した通り、虫は崖上に降り立ち3人が経っていた崖は崩れる。
ジーク「うわぁっ!?」
マリアはアリィが背負っていた為、姿勢を崩すことはなかったが1人で立っていたジークは姿勢を崩し、頭から落ちそうになる。アリィはソレを引っ張りあげ、片腕で抱き抱える。
ジーク「助かった…ありがとう…」
アリィ「場所を変えるから、舌を噛まないように口を閉じて。マリアさんも。」
マリア「え、ええ。」
アリィは崩れる崖の中、比較的まだ緩やかな傾斜になっている場所を見つけ、飛び移る。そして、足を踏ん張り、落ちる速度を制御しようとする。
虫「ギギュギュウウウウウウ!」
マリア「アリィちゃん虫が!」
アリィ「分かってる!」
(でも、これ以上速度が出れば投げ出される…!それに…)
ジーク「アリィ、もう魔力は…」
アリィ「君達2人を安全に移動させることが出来れば空っぽ!」
虫「ギギイイイイイイイイ!」
虫はアリィ達を待つことなく、全てをなぎ倒し近付いてくる。
アリィ(どうする…!まだ、距離がある…!…一か八か…!)
アリィは力強く地面を蹴り傾斜から飛び降りる。そして崖崩れによって出来た土混じりの地面に着地する。
アリィ「…っー!」
ジーク「アリィ!大丈夫か!?」
マリア「アリィちゃん…!」
アリィは着地すると、膝から崩れ落ちる。降ろされた2人は慌ててアリィを心配する。
アリィ「…へーき。捻挫しただけみたい。骨折じゃなくて良かった…。でも、私はもう手伝えないかも。魔力はないし、捻挫しちゃったから。」
ジーク「無理しなくていい。シェルターに行って先に休んでてくれ。」
アリィ「うん。」
マリア「ごめんなさい、私のせいで…」
アリィ「マリアさんのせいじゃないよ。気にしないで。」
ベツレヘム「はあっ…はぁ…3人とも大丈夫ですか!?」
マリア「アリィちゃんが…」
ただ事ではないと理解したベツレヘムはアリィの元に四足歩行で駆け寄る。
ベツレヘム「アリィさん、どうしました?」
アリィ「着地時に捻挫しちゃって…ベツさんみたいには動けないね。」
ベツレヘム「いえ、皆で五体満足で逃げられたのはアリィさんのおかげですよ。どれくらい痛いか教えてください。」
アリィ「…ごめん、これ歩けそうにない。動けないかも。」
ベツレヘム(シェルターに一刻も早く送り届けないと…。でも、アリィさんを抱えた状態でマリアも運ぶのも難しいし…マリアに歩いてもらったとしても、戦うのはしんどいかも…。)
ベツレヘム「…マリア、歩ける?」
マリア「ごめんなさい、無理そう。」
ベツレヘム「だよね…アリィさんが背負ってたし…。」
マリア「でも、私よりは怪我人のアリィちゃんを優先してあげて。」
ベツレヘム「分かった。アリィさん腕伸ばせますか?」
アリィ「うん、ごめんねお願い。」
ベツレヘム「構いません。ジークさん、マリアをお願いします。」
ジーク「あぁ。」
そう言うとベツレヘムはアリィを抱き抱え、シェルターに走っていく。
マリア「ごめんなさい、私の為に残ってもらっちゃって…。」
ジーク「それは構わない。…ただ俺ももう矢が底を尽きかけてる。なんせ数が数だから…。」
マリア「そういえばあの虫は…」
ジーク「そういや言ってなかったな。あの虫こそ悪魔の残党だ。矢の補充が出来ればいいんだが…ここから反対方向…。俺も全力で守るが、マリアさんもベツさんが来るまでなるべく自衛してくれ。」
マリア「頑張ってみるわ。」
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