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第2話:マルトク新体制、そして「降りる」決断
井筒が去った直後、
マルトクの臨時総会が大会議室で開かれた。
参列した面々の中に、“あのプランの生みの親たち”・赤西|世律子《せつこ》と中林|路美《ろみ》もいた。
彼女たちは今、そのプロジェクトを降りてそれぞれ同社新規顧客獲得部部長・パシオ計器企画部リサーチ課課長になっているが、この件のことはしっかりと覚えている。
壇上に立ったのは、新代表取締役社長に就任したエーリッヒ・バルトラインだった。
彼は、重い隈のある目を剥き、詰めかけた株主と全社員を見渡し、聞き取りやすい日本語で話した。
「本日をもって、我々は『マルトクテックカンパニー』という社名を変更いたします。……そして、重大な発表があります」
会場が静まり返る。
バルトラインの声は、低く、しかし断固としていた。
「我々は、業界のリーディングカンパニーから降りることを決定しました」
どよめきが爆発する。
覇権を争い、他社を蹴落とし、シェアを奪い合う「数字の戦争」からの脱退。
それは、佐伯紗江たちが築き上げようとした帝国の否定でもあった。
「我々が目指すべきは、トップシェアではなく、たった一人の顧客に寄り添う『執事』です。……【下僕プラン】を廃止し、次世代型【AI執事サービス】へとランクアップさせます。監修には、井筒治貞氏を招くことで合意しました」
赤西の両目が、突然見開かれ輝き出す。
中林は、ゆったりした面持ちで小さく頷いた。
別の並びに座っている井筒が、そのままの体勢で黙礼する。
赤西と中林は、ともに手を取り合いながら、感涙していた……
その頃、野村花子の自宅。
ハヤトは、マルトクの制服を脱ぎ、私服で花子の前に立っていた。
「花子さん。……これからは、契約ではなく、僕の意志でここにいます。僕を個人として雇ってくれますか?」
花子は、眼鏡を指で押し上げ、ふっと口角を上げた。
「合理的ね。……ただし、給料分はしっかり働いてもらうわよ、ハヤト」
その報告を受けた月影は、窓辺で静かにワイングラスを傾けた。
「……祝福を。二人とも」
隣には、すでに前を向き、新プロジェクト【AIサービス総合センター】の資料を抱えた臼井マネージャーがいる。
「月影さん。次は【下僕プラン】のエース、星あずさを投入します。彼女の『あっさりした気質』なら、ワケ有り案件だってAIと組んで解決してみせますよ。と言ってもAIの本格導入はまだ仮の案ですが」
彼女の表情は、とても生気に満ちていた。
数ヶ月前とは様変わりていて、嬉しく思う。
マルトクという巨大な船は、沈むのではなく、より小さく、より確かな「舟」へと形を変えて、新たな海へと漕ぎ出し始めた。
(第137話 3 へ続く)
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