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瑞記の父は、インテリア関連品の販売を主とする企業を経営している。
先々代が立ち上げた日用品を扱う小さな商店から発展し、今では毎年業界売上十位には入る優良企業だ。
ソラオカ家具とも多くの取引がある。
商売上での関係が深いためか、義家族の園香に対する態度は好意的だった。
富貴川家でもっとも園香を蔑ろにするのは、間違いなく瑞記である。
しかしそんな彼も自分の両親の前ではすっかり優等生になり、妻に対する気配りを見せた。
瑞紀は実の両親に対してかなり遠慮があると言うか、素を見せないよそ行きの態度だ。
(瑞記は親によく思われたいみたい)
会話の中で必死に仕事の順調さをアピールしている。有能な息子でありたい気持の表れだろう。
逆に結婚して一年も経たない妻と既に不仲で、その妻は結婚した事を忘れてしまったなんてマイナス印象を与えそうな事実は、絶対に隠したいようだ。
(名木沢さんの話も全然しないし)
盛んに仕事の話をする割には、不自然なほどビジネスパートナーの希咲の話題が一切出ない。
それは多分変に勘繰られるのが嫌だからだ。
(つまり彼女との関係をやましく感じてる証拠じゃない)
呆れる中、もうひとつ気付いたことがある。
瑞記は“ソラオカ家具店社長令嬢の夫”という肩書を重要視しているようなのだ。
ソラオカ家具店は瑞記の実家の会社よりも規模が大きく、彼らにとって優良取引先だ。
だからそこの社長令嬢を射止めた瑞記は両親や兄弟に一目置かれ、瑞紀はその状況に満足していたのではないだろうか。
家族の会話を聞いているとそんな事情をなんとなく察した。
(瑞記が気に入らない喧嘩ばかりの私と離婚したくない理由って、きっとこれね)
結局世間体だ。
園香が想像していた以上に、両親からの評価を気にする様子の瑞記は、現状のままでは離婚しないだろう。
もしかしたら希咲との不倫がますます盛り上がって離婚をしたくなるかもしれない。
しかし希咲は既婚者だし、ふたりの関係についてまだはっきり把握していない今、瑞記からの離婚宣言を待つのは確実ではない。
(やっぱり瑞記が有責配偶者となる証拠を見つけて離婚するしかなさそう)
会食の間、園香は瑞記の様子を観察しながら、今後について思考を巡らせ続けた。
義家族との食事会から十日が過ぎた。
園香は仕事の傍ら離婚に向けて動いているが、残念ながら何も進展がない。
しかしもどかしい日が経つにつれ、二人の不倫は確定だと強く感じるようになっていた。
そう思うのは瑞記の態度にある。
普段は園香に対してすぐに怒り、感情的に喚きたてるのに、希咲に関しては意外に口が固く隙を見せない。
決して不利になるような発言をしないのだ。
それは希咲を守りたい自発的な気持ちからなのか、または彼女から釘を差されているのか。
分からないけれど、瑞紀らしくない慎重な言動が、秘密があるんだと示していると感じるのだ。
いずれにしろこのままでは解決しそうにないので、園香も行動を変えなくてはいけない。
そんな風に次の行動を考えていたとき、園香の元に思いがけない人物が訪ねてきた。
ソラオカ家具店横浜ショールームの応接室。
そこで待つのは、KAGURAのCEOである名木沢清隆。
彼は事前連絡なしにやって来て、受付で園香と話がしたいと申し出たそうだ。
ショールームでは彼の会社のロボットを使っているから全く無関係と言う訳ではないが、園香は彼と面識がなく、ロボットの採用も運用も担当業務ではない。
関わりがあるとしたらプライベートの方。
名希沢希咲つながりだ。
もしかして妻の不倫に感づいて、不倫相手の配偶者である園香を訪ねて来たのだろうか。
そんなことを考えながら警戒しつつ応接室のドアを開けた園香に、清隆は笑顔を向けた。
「アポイントなしで申し訳ない」
妻の不倫相手の配偶者の顔を見に来た。などの思惑は感じられない爽やかさだ。
「いえ、お気になさらないでください」
園香は戸惑いながら挨拶を返した。テーブルを挟んだ正面に腰を下ろし、清隆を見つめる。
以前彼について調べたとき、顔写真を見てかなりの美形だと感じたが、実物はそれ以上で圧倒されそうになる。
少し目じりが上がった涼し気な目元に、高い鼻梁、絶妙な位置にあるきりりとした眉に、とびきり形がいい額。眉目秀麗とは彼の為にある言葉だと思った。
つい見惚れてしまいそうになる気持ちを抑え、園香はやや目を伏せた。
「改めまして、富貴川園香と申します」
作成したばかりの名刺を差し出す。するとなぜか彼は意外そうな顔をした。しかしそれは一瞬ですぐに柔和に微笑み、自分も名刺を取り出した。
交換が終わると沈黙が訪れる。訪ねて来たのは清隆の方なのだから彼から話があると思っていたのに、そうではなさそうだ。
「あの、今日はどのようなご用件で?」
気まずい空気に耐えられず園香から切り出した。
「あ、そうですね。当社の製品はどうですか?」
「……動作は順調ですし、お客様からもの評価も上々だそうです。よかったら詳しい者から報告しましょうか?」
そう言ったものの、清隆の目的は他にあるような気がした。
(ロボットの確認なら私を名指しする必要はないもの)
そもそもCEO自ら、自社製品の顧客満足度調査などするのは不自然ではないだろうか。
思った通り、清隆は首を横に振った。
「いえ、富貴川さんに説明頂ければ問題ありません」
「ですが私はこの職場に配属になり日が浅く、お役に立てるとは思えませんが」
「……富貴川さんは社長のご息女だと伺っています。旧姓空岡園香さんですよね?」
「え、ええ。その通りですが」
園香は内心首を傾げた。予想とは違う方向に話が進んでいる。
(お父さんと繋がりを持ちたいとか?)
ロボットを採用した横浜ショールームに社長の娘がいると情報を得てやってきたのだろうか。
(いや、それもないか)
もし本当に父と繋がりを持ちたいのなら、もっと有効な方法がいくらでもある。
KAGAURAは日本でも有数の大企業神楽グループの一企業で彼は創業者一族なのだから。多くの伝手があるはずだ。
「ソラオカ家具店のショールームはここと関西の二か所だけと聞いてますが、東京に展開する予定はないのですか?」
「今のところその予定はありません」
また話が変わった。怪訝に感じながらも返事をする。
「本社もありますし品川あたりがよさそうですね、どう思いますか?」
「私は新店の企画をする立場ではありませんので。担当部署をご案内いたします」
新店にロボットを導入するよう営業したのだろうか。
清隆の考えがまるで分からず、園香は戸惑うばかりだった。
その後も意図が掴めない質問が続いた。
しかし不思議と感じは悪くないため、警戒するべき相手なのに気付けば口数が増えていた。
(なぜか話しやすいと感じる……上手く話題を広げてくれるし、CEOって肩書の割に腰が低いからかな?)
先入観が無ければ、立場に驕らない気さくなよい人と思ったかもしれない。
「もうこんな時間ですね。そろそろお暇します。忙しいところありがとうございました」
「いえ、お役に立てたのでしたら幸いです」
席を立つ清隆を見送る為、園香も立ち上がり出入口に向かう。
「本日はありがとうございました。お気を付けてお帰りください」
園香の言葉に頷いた清隆が、ショールームのエントランスを出て駅方面に足を向ける。
しかし数歩歩いたところで、くるりと振り向いた。
「園香さん、近い内にまた」
「えっ?」
「次は事前に連絡します」
突然下の名前を呼ばれ驚く園香に、清隆は何を考えているのか分からない笑みを向けてから去って行った。
「どういうこと?」
園香は混乱して呟いた。
(次はって、また来るってこと?)
一体何の用があると言うのだろう。それに今日だって結局彼が何をしに来たのかはっきりしなかった。