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初投稿〜
YJ
推しと恋なんてするはずなかった
ライブ終わりの余韻って、どうしてこんなに苦しいんだろう。
「……やばい、今日も好きすぎる」
会場の外、人が流れていく中で、吉田仁人はぽつりと呟いた。
ステージの上にいた山中柔太郎は、やっぱり“遠い存在”だった。
笑って、歌って、ファンサをして——全部が完璧で。
「絶対、目合ったよな……いや、気のせいか」
そうやって何度も自分を誤魔化してきた。
だって——
「推しと恋とか、あるわけないし」
■1
その出会いは、あまりにも偶然だった。
帰り道、混雑を避けて裏通りに入った時。
「……あれ?」
見覚えのある横顔が、街灯の下にあった。
「え、……山中、柔太郎……?」
思わず声が出た。
「……っ!」
その人は驚いたように振り向く。
帽子にマスク、それでも分かる。
「……やば、ほんとに本人……?」
「……えっと、」
少しだけ困ったように笑う。
「今の、内緒にしてもらっていい?」
「え!? あ、はい! もちろん!!」
声が裏返る。
(無理無理無理無理、心臓もたない)
「ありがとう。助かる」
その一言が、あまりにも近すぎて。
「……ファン、ですか?」
「……めちゃくちゃファンです」
「そっか」
ふっと柔らかく笑う。
ステージの上の笑顔じゃない、もっと素の笑顔。
「じゃあ、今日来てくれてた?」
「行きました!」
「どうだった?」
「最高でした……ほんとに、人生で一番くらい」
「大げさじゃない?」
「いやほんとです!」
即答してしまう。
すると柔太郎は、少しだけ目を細めた。
「……そういうの、ちゃんと伝わってるよ」
「え……?」
「ステージから見ててもさ、熱量って分かるから」
「……っ」
胸が、ぎゅっとなる。
「……ありがとう」
推しに、ありがとうって言われた。
それだけで、もう十分すぎるはずだったのに。
■2
「ねえ」
柔太郎が、少しだけ近づく。
「ちょっとだけ、付き合ってもらっていい?」
「……え?」
「人目、避けたいから」
「え、あ、はい……!」
気づけば並んで歩いていた。
信じられない距離。
「名前、聞いていい?」
「吉田、仁人です」
「仁人くんか」
さらっと呼ばれて、頭が真っ白になる。
「俺、柔太郎でいいよ」
「いやそれは無理です!」
「なんで?」
「推しなので!!」
思わず叫ぶ。
柔太郎は吹き出した。
「なにそれ」
「いや、だって……」
「じゃあさ」
少しだけ、意地悪そうに言う。
「推しじゃなかったら?」
「……え?」
「ただの男だったら、名前呼べる?」
「……呼べます」
「じゃあ呼んでよ」
「それは無理です」
「なんで」
「好きだからです」
言った瞬間、固まる。
「……あ」
終わった、と思った。
でも。
「……そっか」
柔太郎は、優しく笑った。
「ありがと」
■3
それから、何度か会うようになった。
全部、偶然みたいな顔をして。
本当は、連絡先も交換して。
「今日も来てくれてたよね」
「分かるんですか」
「分かるよ」
「怖いです」
「ひど」
そんな会話を、当たり前みたいにして。
でも。
「……なんで会ってくれるんですか」
ある日、仁人は聞いた。
「俺、ただのファンですよ」
「うん」
「それなのにこんな……」
言葉が続かない。
すると柔太郎は、少し考えてから言った。
「……楽だから」
「楽?」
「仁人くん、俺のこと“アイドル”として見てるでしょ」
「そりゃ……そうです」
「それがいい」
「え……?」
「変に期待されないし、変に近づいてこないし」
「……」
「でも、ちゃんと好きって言ってくれる」
少しだけ照れたように笑う。
「それ、結構救われてる」
胸が、痛いくらいに鳴る。
「……俺は」
仁人は、ゆっくり言う。
「アイドルとしてだけじゃないです」
「……え?」
「人としても、好きです」
沈黙。
夜の空気が、やけに重くなる。
「……それはさ」
柔太郎が、静かに言う。
「困るな」
「……ですよね」
「だって俺、アイドルだし」
「分かってます」
「恋愛とか、簡単にできないし」
「……分かってます」
分かってる。
分かってるのに。
「それでも好きです」
止められなかった。
■4
会う頻度が、少し減った。
連絡も、前より短くなった。
(そりゃそうだよな)
仁人は、自分に言い聞かせる。
(俺が線引き壊したんだし)
それでも。
ライブには、行く。
遠くから、見る。
それでいいと思っていた。
でも——
ある日。
「……来てたよね」
帰り道、また声をかけられた。
「……はい」
「なんで帰ろうとしてんの」
「……いや、その」
顔が見れない。
「避けてる?」
「避けてないです」
「じゃあなんで目合わせないの」
「……」
「仁人くん」
名前を呼ばれる。
「こっち見て」
「……無理です」
「なんで」
「好きだからです」
また、それを言ってしまう。
「……ほんと、厄介」
でもその声は、どこか優しかった。
■5
「ねえ」
柔太郎が、ゆっくり言う。
「俺さ、ずっと考えてた」
「……何を」
「アイドルとして正しいかどうか」
「……」
「仁人くんと会うの、やめた方がいいって何回も思った」
心が、冷えていく。
「……はい」
「でもさ」
ふっと笑う。
「会いたくなるんだよね」
「……え?」
「ライブで見つけると安心するし」
「……」
「今日も、来ててくれて嬉しかった」
胸が、強く鳴る。
「それってさ」
少しだけ、声が揺れる。
「ダメなことかな」
「……ダメじゃないです」
即答だった。
「全然、ダメじゃないです」
「……そっか」
少し沈黙してから。
「じゃあさ」
柔太郎が、まっすぐ見る。
「俺のこと、推しじゃなくて見てみてよ」
「……え?」
「一人の男として」
「……それは」
「ダメ?」
「……ダメじゃないです」
むしろ、ずっとそうだった。
■6
「じゃあ」
柔太郎が一歩近づく。
「俺も、ファンじゃなくて見る」
「……え」
「仁人くんのこと」
距離が、近い。
「……それって」
「分かるでしょ」
少しだけ照れながら。
「好きだよ」
時間が止まる。
「……え」
「何回も言わせる?」
「……もう一回」
「好き」
息が詰まる。
「……俺も、好きです」
「知ってる」
「ちゃんと言いたかったんです」
「うん」
「推しとかじゃなくて」
「うん」
「柔太郎さんが好きです」
少しだけ間があって。
「……“さん”いらなくない?」
「……じゃあ」
息を吸う。
「柔太郎」
「うん」
「好き」
その瞬間、柔太郎が笑った。
「やっと呼んだ」
「うるさいです」
「かわいい」
「それはやめてください」
「ヤダ」
夜の街の中で、二人だけが少しだけ特別になった。
推しとファンだった関係は、もう戻らない。
でも——
それ以上の関係になれた。
普通に3000文字超えました笑
#ご本人様には関係ありません