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テヒョンside
病院のラウンジで床に転がり、手足をジタバタさせ泣き叫ぶジミナを見て、内心はとてもショックだった。今までは僕の前で大泣きすることはあっても、人前では自制できるジミナだったのに。
僕は、ジミナの心がとうとう壊れてしまったのではないかと心配でたまらなかった。
半狂乱のジミナをなんとか宥め、おんぶして病室に連れ帰る。
少しでも苦痛や不安を取り除いてあげたくて、一生懸命ジミナの身体をマッサージして手足をさすっているうちに、ジミナはすうすうと寝息をたてて眠ってしまった。
天使みたいな、かわいい寝顔…。その安らかな表情を見て、きっと寝ている時は、痛みも苦しさも感じていないのだろうと少し安心する。
ジン先生が病室にやって来た。
「ジミン、様子どうかな…注射打ちに来たんだけど…寝てる?」
「うん。なんとか落ち着いたよ。身体が全身痛いみたいで、マッサージしてあげて…ようやく寝たところ…。」
「そっか。せっかく寝たのに起こすのは可哀想だなぁ。起きたら呼んでくれる?」
「うん分かったよ。」
「…テヒョン、さっきはありがとう。廊下で見かけて声を掛けたら、ジミンいきなり泣き出すもんだから、俺、不覚にも慌ててしまって…。テヒョンが来てくれて、助かったよ。」
「いえ…ジン先生も、びっくりしたでしょ?ジミナね、前から、僕の前ではああやって取り乱して泣くことよくあって…。でも病室の外では初めてだったから、ジミナ自身もびっくりしちゃったみたいなんだ。自分でも、なんで泣いたか分かんないって言ってた…。」
「そうかそうか。あいつ、繊細だし、色々溜め込むタイプだからなぁ…。心臓のことだけでもしんどいのに、お尻も今あんな状態で…辛いよなぁ。」
「お尻の膿んでるところ、切開して膿を出したんでしょ?それが、すっごく痛かったって…。」
「あれね…炎症していて麻酔も効かないしなぁ。本当にさ…こんなことテヒョンに言っていいか分からないけど…こないだの生検といい、今回の切開もさ、切ってる俺の方も、辛くて苦しくて…。どんなに痛いかと思うとやってらんないよ…ジミンよく頑張って、耐えたと思う…。」
「ジン先生…そうだったんだ…。」
「患者さんに感情移入するなんて医者失格かもしれないけどさぁ…ジミンは赤ちゃんの時から見てるし。あいつが苦しんでるの、たまらないんだよな…(泣)ごめん…」
ジン先生は泣きそうだった。
「ジン先生謝らないで。ジミナも俺も、主治医がジン先生で幸せだって思ってるよ。」
「ありがとう…。じゃあ、一回戻るから。ジミン起きたら、呼んでな?」
ジン先生は出て行った。
ああ、注射かぁ。ジミナ、また泣いちゃうんだろうなぁ…。僕はジミナがあんまり可哀想で、また気が重くなってしまった。
しばらくして、ジミナが目を覚ました。
僕はジミナのサラサラした髪を手で梳きながら言った。
「ジミナ〜ゆっくり眠れた?身体、痛くない?」
「うん、テヒョンがマッサージしてくれたから、だいぶ楽になったよ。おかげで休めたみたい。」
「良かった…。あのね、ジン先生がさ、注射打つから、起きたら呼んでって…」
「え…え…注射…?今日また痛いことするの?やだ…(泣)」
「ごめんね?起きたばっかで可哀想だけど…ナースコール、押すよ?」
ジン先生はすぐに、注射の準備を持ってやって来た。
「ジミナ、調子どう?ごめんだけど、注射2本打たなきゃなんだよ。」
「ど、どこに…?痛いやつ…(泣)?」
「1本は腕。もう1本は筋肉注射だから、ちょっと痛いかも…それは肩かお尻に打つよ。どっちから先に打つ?」
「い、痛い方…先に、終わらせたい…(泣)」
「分かった。じゃあ先に、筋肉注射から打っちゃおう。お尻にする?肩?」
「どっちが…痛くない…?」
「うーん。お尻の方が痛くないかな?右のお尻の、炎症してないところなら打てるかなぁ。」
「じゃあ…そうする…(泣)」
「分かった。うつ伏せになれるかな?ズボン下ろすよ。」
僕はジミナがうつ伏せになるのを身体を支えて手伝った。
ジン先生が、ジミナのズボンと下着をお尻の下まで下ろす。ジミナのお尻は左半分がガーゼで覆われていて、白くて小さな右尻だけが見えた。
「消毒するよ。ちょっとスースーするからね。」
僕はジミナの手を握って、背中をさすっていた。ジミナは緊張で目をつぶり、小さな右手で僕の手をギュッと握り返してくる。
「力抜いて、動かないでね。打つよー。」
ジミナの右尻に、太い針が突き刺さって沈んでいく。
「うぅーーーっ」
僕はジミナの痛みを少しでも一緒に感じたくて、ジミナの手を強く握りしめ、お尻に太い針が刺さるのをじっと見ていた。
ああ、めちゃくちゃ痛そう…ジミナ、頑張れ…。
「はい、薬を注入するよー。ちょっと薬液多いから、痛いけど我慢して…」
「いったーい(泣)あああああ。」
痛みで、ジミナの足が、ビクビク動く…。
「あー危ないから動かないで。」
僕は慌ててジミナの足を抑えた。
「うううううう…(泣)」
「はい、終わったよー。よく頑張ったね。」
「う、うわーん…すっごい痛かった…」
「ごめんごめん。注射のとこシール貼っとくね。ズボン戻すよ。」
「う…先生、お尻痛いから…ゆっくり…やって…」
「ジン先生、俺がやるよ〜」
僕は、左尻の炎症している部分に触れないように、そーっとパンツを履かせ、ズボンを元に戻した。注射をした方の右尻を、ズボンの上から軽くもみもみする。
ジミナはうつ伏せのまま、顔を枕に押し付けて泣いていた。
「はい、じゃああと1本打っちゃうよ。右腕と左腕、どっちにする?」
「ヒ…ヒック…左腕……」
ジミナは注射や点滴を打つ時、選べるならいつも左腕を選ぶ。ジミナにとって、唯一動く右手は大事な生命線なんだ。おかげで動かない左腕は、益々注射跡だらけでいつも紫色…。
ジミナがいつまでもうつ伏せのまま泣いているから、ジン先生が心配し、ジミンの顔を覗き込んで言った。
「ジミナ大丈夫?一回休憩しよっか。腕の注射は、落ち着いてからでいいよ?」
「いやっ…ヒック…打って…。痛いの、早く終わらせたいもん…」
「そう?じゃあ打つよ…こっちは薬液少ないし、すぐ終わるからね。」
ジン先生は、うつ伏せで泣いているジミナの左側に回ると、ジミナのだらりとした左腕を取った。
「袖めくるよー。ごめんチクッとするよ。」
ジミナはぐったりとして泣いているばかりで、されるがまま…。そんなジミナの左腕に、今度は細い針が刺された。ジミナの身体がピクッと反応する。
「動かないで。……はい、もう終わったよー。こっちはそんなに痛くなかったでしょ?」
「……ぐすん……(泣)」
僕は泣いているジミナの左腕をそっと撫でた。
ジン先生が帰っても、ずっとうつ伏せのままで、ジミナは泣き続けた。ぽろぽろと絶え間なく流れ出てくる涙で枕が濡れていく。
「も、もう…いやだ…(泣)ヒック…なんで、こんなに、痛いことばっかり…」
「そうだね…今日はお尻の切開もしたんだもんね…痛かったよね…」
「き、筋肉注射も、痛すぎる…(泣)お尻の方が、痛くないって言ったのに…すっごい…痛かった……」
「そうだね。針太かったし、薬液も多かったもん。あれは痛かったよね。かわいそうに……」
僕は、泣きながら震えるジミナの背中や手や足を、ずっとずっとさすっていた。
30分は泣いていただろうか。
「ジミナ〜。そろそろ泣き止んでさ、久しぶりに中庭にお散歩でも行ってみない?ずっとそんな体勢で寝てたら、また身体痛くなっちゃうよー?」
「ぐすん…む、無理だよ…僕なんて、車椅子も乗れないのに、どこにも、行かれない…」
「大丈夫だよ、少しなら歩けるでしょう?疲れたら俺がおんぶしてあげるからさ。」
「…おんぶなんて、誰かに見られたら、恥ずかしいもん…。」
「も〜そんなこと気にしないの!少しは気分転換しなきゃ。病室にずっといるばかりじゃ、どんどん落ち込んじゃうよ?」
僕は、気が進まない様子で横たわっているジミナを無理に促し、脇に手を入れベッドから下ろした。
真っ赤に腫れた目で俯きながら立つジミナの頬を、両手で包み涙を拭う。
「よしよし…。ほら、泣き止めたじゃん?いい子いい子。」
季節は秋になっていて、少し肌寒い。
「寒いといけないから、あったかくして行こうね?」
ジミナの入院着の上から、カーディガンを羽織らせた。
「ほら、俺につかまって。ゆっくりでいいから、歩こうね。」
「テヒョン〜。」
「なーに?」
「僕、そしたら、久しぶりに…売店行ってみようかな…」
「いいよいいよ。なんかあったかい飲み物でも、買ってこうか?」
「うん!」
1階にある売店に着くと、ジミナは嬉しそうだった。
「わー。こんなお菓子ある〜。美味しそう。飲み物、どれにしようかなー。迷っちゃう。」
顔がほころぶジミナを見るのは本当に久しぶりのことで、僕は嬉しかった。
お尻のことで車椅子に乗れなくなってからはトイレ以外ずっと病室に閉じこもって、売店すら行けてなかったんだなぁと切なくなる。
スナック菓子とココアを買い、病院の玄関から中庭に出た。
ジミナは外に出ると、目を細めて深呼吸した。
「わー。風だ…気持ちいー。外の空気、すっごい久しぶり…。いつの間にか、秋になってたんだねー。」
「そうだよー。ジミナ寒くない?」
「うん、大丈夫。空気が冷たくて澄んでる。金木犀の香りがするね。」
「ジミナ、金木犀好きだったもんね。いい香りだね〜」
ジミナが入院して、もう3ヶ月も経つんだ…。あっという間に、夏は終わってしまった。
座れないから、フェンスのところに寄りかかって立ち話をする。
「あ、ほら、ココア、温かいうちに飲みな?蓋、開けてあげるね?」
左手が不自由なジミナの代わりにプルタブを開けてあげ、ココアの缶をジミナに渡す。
「熱いから、気をつけて。フーフーして飲みなね?」
ジミナは大きめのカーディガンの袖口からちょこんと出た小さな手で大事そうにココアの缶を持ち、唇をクチバシみたいに突き出して、嬉しそうに少しずつココアを飲んでいた。
「わぁ、甘くて、あったか〜い。外で飲むと、なんでこんなに美味しいのかなぁ。」
沢山泣いたからジミナの顔は腫れぼったくて目はしょぼしょぼしているし、ほっぺは寒さで少し赤くなっている。ココアを飲む少し前屈みの丸まった小さな背中が愛しかった。
しばらく立って話をしていたけど、ジミナの息が少し荒くなってきてしまった。
「ハァ…ハァ…」
「ジミナ苦しい?大丈夫?ほら、おんぶしてあげるから、そろそろ帰ろっか…。」
嫌がるかと思ったけど、身体が辛いのだろう…。ジミナは素直に僕の背中におぶさった。
ジミナは僕の肩に顔をことんと乗せると、荒く息をしている。
急いでおんぶのまま建物に入り、エレベーターに乗って病室に戻った。
ジミナを横向きにベッドに寝かせて、冷えた身体を大切に布団でくるむ。
「ごめんね。疲れさせちゃったね…。寒かったでしょ?」
「大丈夫…。外の空気、気持ちよかったなぁ。ココアも、すごくすごく美味しかったね。また、行けたらいいなぁ。」
「行けるよ。絶対また連れて行ってあげるから。今はちょっと休んでね。」
僕は、布団の上からジミナをとんとんした。